What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

租税法学会総会

 昨日,明治学院大学白金キャンパスで行われた租税法学会の第48回大会の研究総会に,オブザーバーとして参加しました。
 租税法学会の傍聴は,二年ぶりとなります。一昨年の記事として,下記を参照。

taxfujima.hatenablog.com

 今回の研究総会は,「家族と税制」をテーマとし,5件の研究報告が行われました。
 まず,東北学院大学の加藤友佳先生が,「多様化する家族と税制の対応」と題する報告をされました。加藤先生は,同性婚などに対する税制のあり方について専門的に研究されている方です。『現代租税法講座』のご論稿*1などから続く問題関心についてご報告されていました。
 次に,中央大学の渋谷雅弘先生が,「家族財産の管理・承継の変化と税制」と題する報告をされました。現行の相続税・贈与税の仕組みと,財産の承継形態の変化がどのように関わるのか,不整合な点をどうすべきか,という点を議論されていました。
 3番目に,京都大学の岡村忠生先生が,「消費・投資の場としての家族ー租税理論の観点から」という報告をされました。家族という場においてどのような消費や投資が行われるのか,それに対して税制はどのように関わっているか論じられていました。
 4番目に,東京大学の藤谷武史先生が,「家族と(再)分配」と題する報告をされました。税制のみならず,国家がどのように家族を捉えてきたのか,という根本的な点から議論をされていました。
 最後に,広島修道大学の奥谷健先生が,「ドイツにおける家族課税ー所得税を中心にー」と題する報告をされました*2。ドイツ憲法裁判所の判例を中心に,家族の多様化と税制の関わりがどのようにドイツで捉えられてきたのか論じたうえで,日本法に対して得られる示唆を検討されていました。

 家族のあり方の多様化については,私法上の対応(e.g. 同性婚を認めるべきか)がしばしば議論になります。ただ,税制もそれに大きく影響を受けるのであって(e.g. 同性のパートナーに配偶者控除を認めるべきか),今後とも注視していかなくてはならない,重要な領域であると感じました。傍聴して本当に良かったです。租税法学会の先生方,誠にありがとうございました。
 学会を傍聴されていた方から,ブログについて話を振っていただけたりして,それもとても嬉しかったです。今後とも,研究の傍ら,ブログも細々と続けていきたいと思います。

*1:加藤友佳「家族のあり方と租税」金子宏監修『現代租税法講座 第2巻 家族・社会』(日本評論社,2017年)3頁参照。

*2:奥谷先生ご自身もブログを書かれています。こちらを参照。

『納税者のための租税の納付・徴収手続』をご恵贈いただきました。

 弊学名誉教授の中村芳昭先生より,先生が監修され,今月発売された『納税者のための租税の納付・徴収手続』(勁草書房)をいただきました。

www.keisoshobo.co.jp

 当該書籍は,「2017年度の日本税理士会連合会主催の公開研究討論会(新潟で開催)における報告のために作成した研究報告書をもとに,これに加筆・修正を加えて著された」(ⅰ頁[中村芳昭執筆部分])書籍です。中村先生が監修および序論の執筆を担当され,他の部分は東京地方税理士会所属の税理士の先生方が執筆されています。
 税法学においては,租税債権の確定(e.g.確定申告)までの手続および納税者の救済(e.g.税務訴訟)の話は充実した研究がされていますし,書籍も多くあります。ただ,その間にある徴収・納付手続について専ら論じた書籍というのは,大変貴重なものです(他には,『国税徴収法精解』などが挙げられるでしょうか)。
 個人的にも,あまり明るくない分野だな,と感じています。いただいた書籍を読んで勉強したいと存じます。ありがとうございました。


イートイン脱税が(ほとんどの場合)脱税ではない4つの理由

はじめに

 この記事は,いわゆる「イートイン脱税」がほとんどの場合は「脱税」には当たらないことを説明するための記事です。
 「イートイン脱税」は,10月1日から始まった軽減税率制度の導入によって新しく生じた問題です。例えば,下記記事を参照。
www.zeiri4.com

 なお,「ほとんどの場合」と書いたのは,「イートイン脱税」という言葉自体が新しい言葉であり,フワッとした意味しか持たないので,脱税に当たる場合も(あまり考えられないけれど)ありえないことはないかな,と言わざるを得ないからです。ただ,「イートイン脱税」を「コンビニなどにおいて,店に対しては持ち帰ると申告した客が,実際にはイートインで商品を食べること」と定義する場合には,「イートイン脱税」は「脱税」には当たりません。仮に「イートイン脱税」という言葉が既に定着している状況を前提とすれば,「脱税」とは別ジャンルの,独自の言葉として考えるべきです。その理由を,以下では述べていきます。
 また,この点については,私の兄弟子筋に当たる広島修道大学の奥谷健先生が,既にブログ記事を書かれています。予め紹介しておきます。
okuyatakeshi.wixsite.com

 本記事の構成を書きます。まず,軽減税率制度に関する規定の適用関係を整理します。次に,イートイン脱税が脱税ではない理由を4点述べます。

軽減税率制度に関する規定

 本記事は,外食に係る軽減税率制度について生じた問題について論じるものです。そこで,まずは,外食に係る軽減税率制度についてまとめておきます。理由だけ知りたい人は理由の項に飛んでください。
 まず,お酒を除く飲食料品を売った場合,原則として軽減税率の適用対象となります。正確には,「飲食料品(食品表示法(平成二十五年法律第七十号)第二条第一項に規定する食品(酒税法(昭和二十八年法律第六号)第二条第一項に規定する酒類を除く。以下この号において単に「食品」という。)をいい,食品と食品以外の資産が一の資産を形成し,又は構成しているもののうち政令で定める資産を含む。以下この号において同じ。)の譲渡」は,軽減税率制度の対象です(平成28年法律第15号附則34条1項1号)。
 ただし,外食は軽減税率の対象外です。外食とは,正確には,「飲食店業その他の政令で定める事業を営む者が行う食事の提供(テーブル,椅子,カウンターその他の飲食に用いられる設備のある場所において飲食料品を飲食させる役務の提供をいい,当該飲食料品を持帰りのための容器に入れ,又は包装を施して行う譲渡は,含まないものとする。)」をいいます(同号イ)。なお,上記のとおり,「飲食料品を持帰りのための容器に入れ,又は包装を施して行う譲渡」については,外食のように見えるものであっても,外食には含まれません。
 以上が,軽減税率制度のうち,「イートイン脱税」に関連する規定になります*1。図としてまとめると,以下のようになります。

【軽減税率の図】
 以上の制度を悪用するものとして「イートイン脱税」がある(ものとされている)わけですが,以下に述べるように,これは脱税の一つではありません。

「イートイン脱税」は以下の理由から脱税ではない

消費者(=お客さん)は消費税を脱税できないから

 「イートイン脱税」をしているのは,お客さんです。しかし,客は消費税を払う義務が無いので,脱税をしたくてもできません。これが,理由の1つめです。
 ここで,用語の整理をしておきましょう。消費税制度においては,国,事業者,消費者の3人の人物または3つの団体が登場します。

【消費税制度における登場人物】

 このうち,消費税の納税義務を国に対して負うのは【事業者】です。消費税法にも,下記のとおり定められています(消費税法5条1項)。

 事業者は、国内において行つた課税資産の譲渡等(特定資産の譲渡等に該当するものを除く。第三十条第二項及び第三十二条を除き、以下同じ。)及び特定課税仕入れ(課税仕入れのうち特定仕入れに該当するものをいう。以下同じ。)につき、この法律により、消費税を納める義務がある。

 え,じゃあ僕らが払っている「消費税」って何なんだ,という話ですが,これは,納税義務者である事業者が,自分が負担したくないから価格に上乗せしているものにすぎません。消費税は,消費者に負担を転嫁することが予定されている間接税である,とよく言われますが*2,制度としては,事業者が支払義務を負うものとして設計されています*3
 したがって,まず,消費者は消費税の納税義務が無いので,脱税をしようと思ってもできないわけです。これが理由の1点目になります。

事業者(=店)は嘘をついていないから

 では,事業者が脱税をしていると考えることはできないのでしょうか。
 この点,まず理解しておくべきなのは,税金を安く済ますことの全てが脱税ではない,ということです。例えば,「節税」という言葉を聞いたことがある人は多いと思います。「租税回避」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。「脱税」とは,これら2つに比べて悪質な,違法な課税逃れのことをいいます。
 悪質とはどういうことか,と言うと,具体的には,「課税要件の充足の事実を全部または一部秘匿する行為」*4が,「脱税」と言われます。脱税をした人(逋脱犯*5)には刑罰が科されますが,その要件は,「偽りその他不正の行為により、消費税を免れ、又は保税地域から引き取られる課税貨物に対する消費税を免れようとした」*6こと,です(消費税法64条1項1号)。
 ほとんどの場合,イートイン脱税をした/された事業者は嘘をついたり不正な行為をしていないでしょうから,罪に問われることはおそらく無いのではないか,と思います。したがって,事業者も脱税はしていないものと評価すべきではないかと思われます。この点が,理由の2点目です。

税務署も,客に聞けばそれで良いと言っているから

 「脱税の定義は良くわからんけど,でも店側は税金を安くすませてるんでしょ?それっておかしくない?」という意見もあるかもしれません。
 でも,イートイン脱税をした/された店は,本当に「安くすませてる」,つまり,本来払うべき税金から逃れているんでしょうか?この点には,外食かどうか(正確に言えば,「飲食店業その他の政令で定める事業を営む者が行う食事の提供」に該当するかどうか)をどう判断すべきか,という解釈論が関わって来ます。 
 この点は,まだ裁判例も無いですし,あまり確たることをいうことはできません。ただし,実務上の取扱いとしては,以下のように判断すればよいものと,課税庁(税務署)が通達(実務上のマニュアルのようなもの)を公表しています(消費税の軽減税率制度に関する取扱通達11,下線は藤間)。

 事業者が行う飲食料品の提供等に係る課税資産の譲渡等が、食事の提供(改正法附則第34条第1項第1号イ《31年軽減対象資産の譲渡等に係る税率等に関する経過措置》に規定する「食事の提供」をいう。以下この項において同じ。)に該当し標準税率の適用対象となるのか、又は持ち帰りのための容器に入れ、若しくは包装を施して行う飲食料品の譲渡に該当し軽減税率の適用対象となるのかは、当該飲食料品の提供等を行う時において、例えば、当該飲食料品について店内設備等を利用して飲食するのか又は持ち帰るのかを適宜の方法で相手方に意思確認するなどにより判定することとなる。
 なお、課税資産の譲渡等の相手方が、店内設備等を利用して食事の提供を受ける旨の意思表示を行っているにもかかわらず、事業者が「持ち帰り」の際に利用している容器に入れて提供したとしても、当該課税資産の譲渡等は飲食料品の譲渡に該当しないのであるから、軽減税率の適用対象とならないことに留意する。

 
 この取扱いは合理的でしょう。というか,「持ち帰る」と消費者に言われたにも関わらず,本当に持ち帰っているか事業者にチェックさせるのはあまりに酷だろうと思います。
 したがって,税務署も「相手に確認してね」と言っているのだから,イートイン脱税をされた事業者に10%で課税される事態はそもそも想定しがたいわけです。もっとも,事業者と消費者が共謀している場合(例えば,レジの横にデカデカと「食べて行く場合でも持ち帰りとレジで言ってください」などと書いてあった場合)には,事実認定の問題として「意思の確認ができていない」とされる可能性もあるのではないか,と思います。

容器に入れたり包装していれば,そもそも外食には当たらないから

 図にも書いたとおり,容器に入れたり包装した飲食料品は,外食には該当せず,軽減税率の対象になります。正確には,「飲食料品を持帰りのための容器に入れ,又は包装を施して行う譲渡」は軽減税率の対象です。これは,実務上の取扱いではなくて,法律に書いてあることです*7
 したがって,仮にその場で開けて食べたとしても,店として容器に入れたり包装して渡していたら,それは軽減税率の対象で良いわけです。「イートイン脱税」の中にはそのようなものも含まれるように思いますが(例えば,ファミチキを袋に入れてもらって買う場合とかでしょうか),それについては,そもそも問題にすらすべきではないことだ,ということになります。

おわりに

 以上述べてきたように,イートイン脱税は脱税には当たりません。なぜなら,消費者は消費税を支払う義務が無いので脱税をしようがないし(1.),事業者は脱税の罪に問われるような悪質なことをしていないし(2.),ほとんどの場合はそもそも8%課税で良いんじゃないかと思えるからです(3.,4.)。
 最後に言っておきたいことがあります。私は,9月までは軽減税率制度の導入には反対でしたし,現在では,廃止すべきだ,と思っています。ただ,導入されてしまった以上,それがどう働くべきか考えることも必要だろうと思って,この記事を書きました。軽減税率制度を擁護する意図の記事ではないことを述べて,筆を置きたいと思います。

*1:このほか,「課税資産の譲渡等の相手方が指定した場所において行う加熱,調理又は給仕等の役務を伴う飲食料品の提供」も,軽減税率の対象外です(平成28年法律第15号附則34条1項1号ロ)。

*2:なお,消費税転嫁対策特別措置法(平成25年法律第41号)という法律がありますが,これは,大企業が取引相手からの消費税の転嫁を拒むことを防ぐための(租税政策以外の立法目的を持った)法律であり,消費税の建付けとどこまで整合的な法律かは不明確です。田中治「消費税法と消費税転嫁対策法との関係」同志社法学69巻7号(2018年)61頁参照。

*3:三木義一編著『よくわかる税法入門[第13版]』(有斐閣選書,2019年)232~236頁[望月爾執筆部分]参照。

*4:金子宏『租税法[第23版]』(弘文堂,2019年)135頁。また,佐藤教授は,「自らに課せられた租税を違法な手段によって免れる行為のうち,国に対する何らかの欺罔手段を伴うもの」(佐藤英明『脱税と制裁[増補版]』(弘文堂,2018年)7頁)と定義しています。

*5:なお,厳密に言うと,逋脱犯として起訴され罰を科された者のみが脱税者ではない(金子教授や佐藤教授の定義は逋脱犯の構成要件よりも広い)ものとされていますが,わかりやすさのために,ここでは脱税者=逋脱犯という前提で話を進めたいと思います。

*6:この言葉の解釈について,最高裁判所は,「逋脱の意図をもつて,その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行なうことをいう」もの,としています(最判昭和42年11月8日刑集21巻9号1197頁)。

*7:この点,上記の通達のなお書きは若干ひっかかります。相手方への確認,という通達上の話を,容器や包装という法律上定められた除外要件よりも優先しているようにも読めるからです。

ゲーム大会の賞金減額と源泉徴収義務―eスポーツ大会の賞金と源泉徴収義務・続―

1.はじめに
 この記事は,下記記事(以下「前稿」)から続く関心に添い,競技性のあるゲーム(いわゆるeスポーツ)の大会の賞金と課税関係について,最近起こった事例を素材に考察してみようとするものです。
taxfujima.hatenablog.com

 前稿と同じく,実際に課税が問題となっているか知りませんし,当事者から相談も受けていません。この記事を信頼して何か行動を起こされても責任は負いません。プロライセンス制度に関する賛否を述べる意図はありません。
 前稿と同じく,最初に関心と結論も述べておきます。この記事の関心は,「選手がプロライセンスを持っていたらもらえる賞金が,プロライセンスを持っていないことにより減額されたら,賞金を払う側に特別な課税関係が生じるのか」というものです。結論としては,「減額した賞金を支払う際の課税関係が生じるのみであり,特別な課税関係は生じないと解すべき。でもちょっと違和感あるよね」と述べています。

2.取り上げる事例
 9/14(土)~16(月祝)の3連休で,東京ゲームショウ2019(以下「TGS」)が(一般公開で)開催されました。TGSでは,e-Sports Xと題する競技会において,様々なゲームタイトルの大会が行われました。
 それらの大会では,賞金も支払われたのですが,JeSU(日本eスポーツ連合)のプロライセンス*1を持っていない選手に対する賞金が減額された,というニュースが下記のように流れています*2
news.nicovideo.jp

kakuge-checker.com

 前稿で述べたとおり,ゲーム大会においてパブリッシャーが資金を提供して賞金を支払う場合,原則として,賞金支払者には源泉徴収義務が課せられます*3(所得税法(以下「所税」)204条1項8号)。それでは,上記のような賞金が減額される例では,源泉徴収義務はどのようになるのでしょうか。

3.考え得る課税上の問題点
 数値で述べた方が良いと思うので,仮の数値を使いましょう。ある,パブリッシャーが資金を全額提供するゲーム大会で,優勝賞金が200万円と定められていたとします。しかし,優勝選手がプロライセンスを保持していないことにより,10万円の賞金しかもらえなかったとします。
 このとき,賞金支払者には,いくらの源泉所得税を納める義務が生じるのでしょうか。(復興特別所得税を除くと)報酬等に対する源泉所得税の税率は10%ですので(所税205条1号),200万円の賞金分の20万円の源泉徴収義務が生じるのか,10万円の賞金分の1万円の源泉徴収義務が生じるのか,という問題になります。これが,この記事の中心的な問題関心です。
 考察に入る前に素朴な感想を述べると,20万円の源泉徴収義務が生じると解すると,おかしなことになります。10万円の賞金をもらうだけなのに20万円源泉徴収されるので,優勝選手はむしろ,賞金支払者側から,賞金どころか,足りない分の10万円を支払えと求償されることになります(所税222条)。そして,後に,確定申告で,20万円の源泉所得税を申告税額から控除して(所税120条),還付が生じる場合には還付を受けることになります。いわば,国から大会の賞金を返してもらうようなことになります。
 こんなおかしな話はありえないように思うのですが,このような結果も現状の実務においてはありえます。以下で考察していきたいと思います。

4.考察
①源泉徴収税額の算定方法
 源泉徴収とは,税金のいわゆる天引のことです。天引する税金は,給与などの所得の「支払の時」に,その義務が成立し確定するものとされています(国税通則法15条2項2号,3項2号)。そして,天引する税金は,支払った(グロスの)所得額について求められることになります(例えば,この記事に関わる規定としては,所税205条参照)。
 そうすると,3.で述べた例で言えば,実際に支払った金額は10万円ですから,1万円のみ源泉徴収が求められるように思えます。20万円の源泉徴収が求められることなどありえないように思えるわけですが,しかし,やっかいなのは,所得税法上の「支払」の意義が,実務上かなり広く解釈されている,ということです。
 
②所得の支払免除と源泉所得税
 「支払」の意義については,実務上は,次のように解されています*4

所得税基本通達181~223共-1
 法第4編《源泉徴収》に規定する「支払の際」又は「支払をする際」の支払には、現実の金銭を交付する行為のほか、元本に繰り入れ又は預金口座に振り替えるなどその支払の債務が消滅する一切の行為が含まれることに留意する。

 債務が消滅する行為の典型例は,弁済(民法474条以下)です。例えば,給料をもらう場合には,働いたことで得た給与債権の弁済を受けるわけですから,これに当たります。これは当たり前です。
 問題は,「一切の行為が含まれる」とされていることです。例えば,債権者が債務の免除(民法519条)をした場合にも,債務は消滅します。つまり,給料が未払いの人(受給者)が,会社(支払者)に対して「もう給料を払わなくても良いです」と言った場合でも,(上記の通達の解釈に従う場合,)会社はその金額を払ったものとして源泉所得税を国に納めなければならないことになります。実際,実務上も,次のように考えられています。

所得税基本通達181~223共-2
 給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払者が、当該源泉徴収の対象となるもので未払のものにつきその支払債務の免除を受けた場合には、当該債務の免除を受けた時においてその支払があったものとして源泉徴収を行うものとする。ただし、当該債務の免除が当該支払者の債務超過の状態が相当期間継続しその支払をすることができないと認められる場合に行われたものであるときは、この限りでない。

 これらの実務を前提とすれば*5,3.で挙げた例において,20万円の源泉徴収が要される可能性があることがご理解いただけると思います。
 本来ならば200万円支払うべきパブリッシャー(支払者,債務者)に対して,選手(受給者,債権者)が「10万円で良いです」と言った,つまり190万円分の債務を免除したと捉えるならば,上記の通達に沿えば,20万円の源泉徴収を求められるわけです。一方,当初から10万円のみを支払うべきだったならば,1万円の源泉徴収のみが求められることになります。
 つまり,「減額」された金額分の債務が成立していたのか,という点が問題になります。この点は,大会の規約(すなわち契約内容)を確認しながら議論を行うべきです。したがって,③では,2.で挙げた実際の例について考察を行いたいと思います。
 
③2.の例の場合
 2.で挙げた例を見てみましょう。まず,パズドラの大会の特設ページは下記になります。
pad-esports.gungho.jp
 このうち,「各賞および賞品」の項において,「ジュニアライセンス取得選手への賞金の授受はありません」と書いてあります。

 また,ストリートファイターⅤのページはこちらになります。このうち,「参加規約」の「■本大会へのエントリーについて」に,以下の記述があります。

8.入賞者に対する賞金の付与に関しては、以下に定める通りとします。
 (1)入賞者がJeSUが発行する「ジャパン・eスポーツ・プロライセンス」(以下「プロライセンス」といいます)を保有している場合、規定の金額が支払われます。

 (2)入賞者がプロライセンスを保有していない場合、規定の金額にかかわらず賞金の最高額は10万円とします。

※海外からの参加選手においては、プロライセンスの適用外として、プロライセンスを保有しない場合であっても、賞金授受を妨げることはありません。

 以上のように,両大会とも,当初の規約の時点において,2.で述べたような例では賞金は全額はもらえないことが規定されていました。したがって,今回の例では,賞金支払者は選手から支払債務の免除を受けたわけではなく,あくまで当初から「減額」した分の債務しか負っていなかったものと解されます。源泉徴収についても,実際に支給した分(パズドラの例では0,ストⅤの例では10万円)に対応するもののみ賞金支払者は負うものと解すべきでしょう。
 以上が妥当な結論であろうと思われます。3.の最後で述べたような変な話にもならないわけで,穏当な結論かな,と考えます。
 ただし,個人的には,違和感もあります。ストⅤの方の規約には,次のような一文もあります。

9.予選トーナメントを勝ち抜いた上位8名の入賞者のうちプロライセンスを有していない参加者については、カプコンがJeSUの定める「JeSU公認プロライセンス規約(7.2.1)」に則り、JeSUへプロライセンス発行の推薦をいたします。カプコンからの推薦を受けてJeSUが承認した場合、プロライセンスが発行されることとなります。
 なお、カプコンは、プロライセンス発行に伴いJeSUに支払う費用の全額を負担します。(対象期間:2020年2月末日迄。)

 つまり,プロライセンスを持っていない選手が賞金を受領することになったら,事後的にプロライセンスが発行されるよう動きますよ,ということです。ライセンスが付与されたら,当然ですが,満額の賞金を(規約に添って)受け取ることができます。
 この措置自体は,望ましい措置であろうと思われます。しっかりと活躍した選手はちゃんとした賞金を受け取るべきです。ただし,②で述べた二項対立,すなわち,「選手が賞金債権を免除したかどうか」という観点で考察すると,微妙な問題が生じます。「プロライセンスに推薦してもらって賞金を受け取る」という選択肢があるにも関わらずそうしなかった,すなわち,賞金を受け取る権利を選手が放棄した(支払者の側から見れば,支払債務を免除された)ようにも見えるからです。このような捉え方をした場合には,「減額」される前の賞金全額について源泉徴収を要されることになります。
 以上のような捉え方もできないことはないかな,と思います。ただ,あくまで「推薦」するに過ぎないわけですし,やはり,法律論としては,大会の規約に則って,当初から賞金は「減額」された金額だったのだ,と解すべきでしょう。こちらの方が穏当な結論でもあります。

5.おわりに
 本記事では,ゲーム大会の賞金が「減額」された場合の源泉徴収義務の問題について議論をしました。減額前の賞金の支払債務が生じているかがカギとなる旨を論じました。結論としては,今回の例では,実際に支払われた,「減額」後の金額についてのみ源泉徴収が求められると解すべきだ,と論じました。
 繰り返しになりますが,本記事は,実際に起こっている課税問題を解決する目的のものではありません。あくまで,私個人の考え方をまとめたいための記事ですので,何かこの記事を信頼して行動を起こしたりはされないよう,重ねてお願いします。また,プロライセンス制度に関わる言論でもありません。
 雑駁ではありますが,こんなところで記事を終えたいと思います。

*1:プロライセンス制度の意義や趣旨については,前稿を参照。

*2:なお,ももち選手については,既にCapcom Cup 2018において,同旨の措置を受けています。こちらの記事を参照。

*3:前稿は,プロライセンス制度は,(そのような趣旨の仕組みでないにも関わらず)この義務をすり抜けるものとしても機能してしまうのではないか,という記事でした。

*4:同旨の考え方によるものとも思われる判例として,最判平成23年3月22日民集65巻2号735頁参照。

*5:なお,租税法律主義(憲法30,84条)の下,課税は法律に沿ってのみ行われなければなりません。したがって,実務がどうなっていようと,法律の観点からそれは誤りだ,と批判することは可能です。個人的には,免除が支払に当たるって良く解らんよな,と思います。支払うから債務が消滅する,のであって,債務が消滅したから支払ったんだ,は因果関係が逆転してしまっていると思います。ただ,ここでは,今の実務に従って話を進めたいと思います。

名古屋青年税理士連盟合同研修会

 昨日,ウインクあいちで行われた名古屋青年税理士連盟(以下「名青税」)の合同研修会にて,講師を担当しました。
 ご依頼いただいた論題は,「源泉徴収制度とその問題点」として,東京地裁の平成28年の判決*1で争われた非居住者に対する土地等の譲渡に伴う源泉徴収義務(所税161条1項5号,212条,213条)の問題および倉敷青果荷受組合事件*2で争われた給与所得(所税28条)に該当する債務免除益に対する源泉徴収義務(所税183条)の問題を論じて欲しい,というものでした*3。そこで,「源泉徴収制度をめぐる近時の法的紛争とその課題―『天引』との関連からの整理―」と題して,源泉徴収制度の基本的な性格や*4,平成20年代の最高裁判決*5を絡めながら議論をしました。天引が困難であったり不可能な所得に対する源泉徴収義務については,そのようなものはありうるにせよ,源泉徴収制度の基本的性格から言えば,天引が容易な所得に対するものよりもより強い根拠づけが必要であるべきこと,現状の判例や裁判例にはそのような傾向はあまり見られないことを指摘しました*6

 税理士の先生方の前でお話しする機会をいただくのは初めてだったので,かなり緊張しておりました。研究会などでの報告とも学生に対する講義とも違う感じなのだろうな,と思っておりました。実際そうでしたが,名青税の先生方はとても温かく私の拙い議論に付き合ってくださり,非常に充実した議論をすることができました。初めて機会をいただいたのが名青税さんで本当に良かったと思います。誠にありがとうございました。今後とも何とぞ宜しくお願いいたします。
 また,私は名青税の研究部の先生方に呼んでいただいたのですが,制度部の先生方は,税理士の安田信彦先生をお呼びして,「情報化社会と税理士制度」と題する講演を開催されました。内容が大変興味深かったのはもちろん,様々なお話が面白く,大変勉強になりました。

 名古屋は,初めて学会に参加した場所であり*7,初めて学会報告をした場所でもあり*8,何かと縁があるな,と感じております。食べ物が美味しいですし,とても好きな土地です。今後とも名古屋に研究関連のことで来られるよう,研鑽を積んで参りたいと思います。

(2019/9/30追記)
 名青税さんのブログにて,下記のとおりに取り上げていただいていました。ありがとうございます!
meiseizei.blogspot.com

*1:東京地判平成28年5月19日税資266号順号12856東京高判平成28年12月1日税資266号順号12942により確定。

*2:最判平成27年10月8日集民251号1頁最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁

*3:両判決を素材として源泉徴収制度について論じた論文として,木山泰嗣「源泉徴収制度をめぐる諸問題」青山ローフォーラム6巻2号(2018年)73頁があります。ただし,木山先生は天引の可否にはあまり着目しておらず(木山・同106~107頁参照),この点,私とは少し関心が異なります。また,片山直子「源泉徴収義務をめぐる近時の法的諸問題」税法学581号(2019年)229頁も参照。

*4:最判昭和37年2月28日刑集16巻2号212頁最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁を素材にしました。

*5:破産管財人の源泉徴収義務に係る最判平成23年1月14日民集65巻1号1頁および給与債権の強制執行に係る最判平成23年3月22日民集65巻2号735頁を扱いました。

*6:なお,天引との関連から債務免除益に対する源泉徴収義務を論じた論文として,竹内眞「所得税法183条1項における支払概念と債務免除益課税」青山ビジネスロー・レビュー8巻2号(2019年)35頁があります。竹内先生は,名青税のOBであり,今回私がお話しする機会を設けるにあたり,名青税の研究部の先生方とともに尽力してくださいました。誠にありがとうございました。

*7:日本税法学会第105回大会です。

*8:こちらの記事を参照。