What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

日本学生支援機構の学資貸与金の返済額の所得控除について

 この記事は,下記の記事を読み,これに対する共感を表明するとともに,税法学の研究者として,1つの提案をするものである。

nipo.hateblo.jp

 私は,昨年度(2019年3月)まで,博士(後期)課程の大学院生だった。
 博士課程在学中,私は,日本学術振興会特別研究員(DC1)(以下,この制度を「学振」という)に採用されていた。学振は,博士課程在学者を中心に,給与(研究奨励金)を支給するともに,科学研究費(特別研究員奨励費)を交付する制度である。私が採用されていたDC1では,月額20万円の給与(源泉徴収税額控除前)をもらえる。
 研究費に加えて月額20万円の給与がもらえて,私は概ね満足していた。4年目が仮にある場合でも,学費を払って余裕がある程度の貯金はできた。ただし,これはたぶん,私が実家暮らしで,結婚をしておらず,物欲も乏しい人間だったからだろう,とも思っている。一人暮らしを都内でしていたら,おそらく貯金はできなかっただろう。子供がいたりしたら,とても首は回らなかっただろうし,車を買いたいと思ってもたぶん買えなかったと思う(買ってないからわからないけれど)。
 そして,仮に学振に採用されていなかったらどうなっていたのだろう,と思うと,もはや良くわからない。両親に頼っていたのだろうけれど,ちゃんと3年間の博士課程を全うできていただろうか。正直自信は無い。
 以上のような事情により,上記の記事の問題関心には共感を覚える。大学院生の生活苦の問題は,もっと大きく取り上げられて良いと思う。少し法学者らしい物言いをすれば,経済的自由権の問題だけにとどまらず,学問の自由(憲法23条)などの精神的自由権や,生存権(憲法25条)などの社会権にも関わる,大きな問題だろう。
(なお,学振は近年かなり制度が改善されてきている。研究費の受給や,研究に関連する副業の時間制限など。したがって,行政側も頑張っていると言えるだろうし,大学院生の側で声をあける実益もあると思う。)

 上記記事では,このような問題の解決策の一つとして,日本学生支援機構の(貸与型)奨学金の返済額の所得控除を挙げている。そして,これを正当化するロジックは無いか,政治家から聞かれた旨記述されている。
 私は,貸与型奨学金の課税上の取扱いについて多少の考えを持っているものとして*1,日本学生支援機構の貸与型奨学金(学資貸与金)の返済額の所得控除は,肯定しうる,と考える。理由は単純で,給付型奨学金(学資給付金)の課税上の取扱いと不均衡であるように思われるからである。
 従来,日本には,給付型の(返済を求められない)奨学金は,国家が関わる制度としては存在していなかった。貸与型の(卒業後に返済を求められる)奨学金しかなかった,ということである。しかし,平成29年の法改正により,平成30年より,日本学生支援機構主催の給付型奨学金(学資給付金)制度が始まっている。
 給付型奨学金をもらっても,原則として税金はかからない。理由は,所得税法上,「学資に充てるため給付される金品」には所得税を課さない,と定められているからである(所得税法9条1項15号)。例外はあるのだけれど(実質的には給与と見られる場合など),日本学生支援機構のものはおそらく例外には該当せず所得税は課されないだろう。
 そうだとすると,貸与型奨学金の返済額を所得控除の対象にしないと,不公平が生じうる。まず,給付型奨学金をもらった場合,明らかにその額分所得を得ている(儲かっている)わけだけれど,その所得には上記のとおり所得税は課されない。一方,貸与型奨学金を返済した場合,もらったお金を返したのだから所得を得ていない(儲かっていない)わけだけれど,これについても所得税はかからないし逆に税額が減ることもない。この状況は,違った経済的状況にある者を同じように取り扱っており,法の下の平等(憲法14条)から要請される,「同じ状況にある者は同じように,違う状況にある者は違うように取り扱うべきだ」という考え方(租税公平主義)に反する結果だ,と論じうるだろう。
 奨学金を抜きにした,一般的な状況とも対比してみよう。個人がお金をもらった場合,その所得には原則として税金がかかる。個人からもらった場合は贈与税が,法人(会社など)からもらった場合は所得税が課される。一方,お金を借りた場合には税金がかからない。これは,そのお金は将来返さなくてはならないのだから,その額は所得(儲け)とは言えないからだ,と一般的には説明される。そして,返済額についても,控除が原則としてできない。過去に税金がかかっていないお金を返しただけだからである*2。したがって,奨学金を抜きにした場面では,お金をもらった(贈与された)場合と,借りたお金を返した場面は違うように取り扱われているのである。

 1つの解決策としては,一般的な場合と同じように,給付型奨学金についても課税を行うことがありうるだろう。つまり,所得税法9条1項15号を廃止する,ということである。こうすれば,奨学金で儲かったら課税して,儲からなかった(返済した)ら課税しない,という,比較的すっきりとした話になる。
 ただ,この解決策は理解を得難いだろう。私も反対である。給付と徴税で明らかな二度手間だ。経済的理由で進学できない学生を支援する,という制度趣旨にも反すると思う。
 だったら,公平な結論を得るためには,貸与型奨学金の返済額を所得控除の対象とするべきなのではないだろうか。単純にお金をもらっただけの者と,借りたお金を返した者は,経済的なポジションが明らかに異なる。両者は違うように扱わなければならないのではないだろうか。

 以下は補足。
・私は,幸いながら日本学生支援機構から奨学金を借りていない。したがって,利害関係に基づく言論ではない。
・給付型奨学金は学費に使ってるから課税されなくて普通なんじゃないの,という反論もありうる。ただ,貸与型奨学金も同様だろう。反論にはならないと思う。
・給付型奨学金の受給者は貸与型奨学金のそれに比して経済的に恵まれていない家庭のことが多いんじゃないか,という反論もありうる。この反論への強い再反論は持ち合わせていないが,日本の所得税は原則として個人単位課税であることが,一応の再反論にはなりうるかな,とは思う。
・スマホで急いで書いたので,後日(5/27(月)以降)たぶん追記します。
→追記するつもりでしたが,断念しました。垂直的公平を重視するならば,所得控除よりも税額控除の方が望ましいものと思われます,という旨のみ付け足したいと思います(2019/6/25)。

*1:拙稿「貸与型奨学金と債務免除益課税」青山ローフォーラム6巻2号153頁参照。

*2:正確な説明については,増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題」ジュリスト1315号(2006年)196頁参照。