What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

ゲーム大会の賞金減額と源泉徴収義務―eスポーツ大会の賞金と源泉徴収義務・続―

1.はじめに
 この記事は,下記記事(以下「前稿」)から続く関心に添い,競技性のあるゲーム(いわゆるeスポーツ)の大会の賞金と課税関係について,最近起こった事例を素材に考察してみようとするものです。
taxfujima.hatenablog.com

 前稿と同じく,実際に課税が問題となっているか知りませんし,当事者から相談も受けていません。この記事を信頼して何か行動を起こされても責任は負いません。プロライセンス制度に関する賛否を述べる意図はありません。
 前稿と同じく,最初に関心と結論も述べておきます。この記事の関心は,「選手がプロライセンスを持っていたらもらえる賞金が,プロライセンスを持っていないことにより減額されたら,賞金を払う側に特別な課税関係が生じるのか」というものです。結論としては,「減額した賞金を支払う際の課税関係が生じるのみであり,特別な課税関係は生じないと解すべき。でもちょっと違和感あるよね」と述べています。

2.取り上げる事例
 9/14(土)~16(月祝)の3連休で,東京ゲームショウ2019(以下「TGS」)が(一般公開で)開催されました。TGSでは,e-Sports Xと題する競技会において,様々なゲームタイトルの大会が行われました。
 それらの大会では,賞金も支払われたのですが,JeSU(日本eスポーツ連合)のプロライセンス*1を持っていない選手に対する賞金が減額された,というニュースが下記のように流れています*2
news.nicovideo.jp

kakuge-checker.com

 前稿で述べたとおり,ゲーム大会においてパブリッシャーが資金を提供して賞金を支払う場合,原則として,賞金支払者には源泉徴収義務が課せられます*3(所得税法(以下「所税」)204条1項8号)。それでは,上記のような賞金が減額される例では,源泉徴収義務はどのようになるのでしょうか。

3.考え得る課税上の問題点
 数値で述べた方が良いと思うので,仮の数値を使いましょう。ある,パブリッシャーが資金を全額提供するゲーム大会で,優勝賞金が200万円と定められていたとします。しかし,優勝選手がプロライセンスを保持していないことにより,10万円の賞金しかもらえなかったとします。
 このとき,賞金支払者には,いくらの源泉所得税を納める義務が生じるのでしょうか。(復興特別所得税を除くと)報酬等に対する源泉所得税の税率は10%ですので(所税205条1号),200万円の賞金分の20万円の源泉徴収義務が生じるのか,10万円の賞金分の1万円の源泉徴収義務が生じるのか,という問題になります。これが,この記事の中心的な問題関心です。
 考察に入る前に素朴な感想を述べると,20万円の源泉徴収義務が生じると解すると,おかしなことになります。10万円の賞金をもらうだけなのに20万円源泉徴収されるので,優勝選手はむしろ,賞金支払者側から,賞金どころか,足りない分の10万円を支払えと求償されることになります(所税222条)。そして,後に,確定申告で,20万円の源泉所得税を申告税額から控除して(所税120条),還付が生じる場合には還付を受けることになります。いわば,国から大会の賞金を返してもらうようなことになります。
 こんなおかしな話はありえないように思うのですが,このような結果も現状の実務においてはありえます。以下で考察していきたいと思います。

4.考察
①源泉徴収税額の算定方法
 源泉徴収とは,税金のいわゆる天引のことです。天引する税金は,給与などの所得の「支払の時」に,その義務が成立し確定するものとされています(国税通則法15条2項2号,3項2号)。そして,天引する税金は,支払った(グロスの)所得額について求められることになります(例えば,この記事に関わる規定としては,所税205条参照)。
 そうすると,3.で述べた例で言えば,実際に支払った金額は10万円ですから,1万円のみ源泉徴収が求められるように思えます。20万円の源泉徴収が求められることなどありえないように思えるわけですが,しかし,やっかいなのは,所得税法上の「支払」の意義が,実務上かなり広く解釈されている,ということです。
 
②所得の支払免除と源泉所得税
 「支払」の意義については,実務上は,次のように解されています*4

所得税基本通達181~223共-1
 法第4編《源泉徴収》に規定する「支払の際」又は「支払をする際」の支払には、現実の金銭を交付する行為のほか、元本に繰り入れ又は預金口座に振り替えるなどその支払の債務が消滅する一切の行為が含まれることに留意する。

 債務が消滅する行為の典型例は,弁済(民法474条以下)です。例えば,給料をもらう場合には,働いたことで得た給与債権の弁済を受けるわけですから,これに当たります。これは当たり前です。
 問題は,「一切の行為が含まれる」とされていることです。例えば,債権者が債務の免除(民法519条)をした場合にも,債務は消滅します。つまり,給料が未払いの人(受給者)が,会社(支払者)に対して「もう給料を払わなくても良いです」と言った場合でも,(上記の通達の解釈に従う場合,)会社はその金額を払ったものとして源泉所得税を国に納めなければならないことになります。実際,実務上も,次のように考えられています。

所得税基本通達181~223共-2
 給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払者が、当該源泉徴収の対象となるもので未払のものにつきその支払債務の免除を受けた場合には、当該債務の免除を受けた時においてその支払があったものとして源泉徴収を行うものとする。ただし、当該債務の免除が当該支払者の債務超過の状態が相当期間継続しその支払をすることができないと認められる場合に行われたものであるときは、この限りでない。

 これらの実務を前提とすれば*5,3.で挙げた例において,20万円の源泉徴収が要される可能性があることがご理解いただけると思います。
 本来ならば200万円支払うべきパブリッシャー(支払者,債務者)に対して,選手(受給者,債権者)が「10万円で良いです」と言った,つまり190万円分の債務を免除したと捉えるならば,上記の通達に沿えば,20万円の源泉徴収を求められるわけです。一方,当初から10万円のみを支払うべきだったならば,1万円の源泉徴収のみが求められることになります。
 つまり,「減額」された金額分の債務が成立していたのか,という点が問題になります。この点は,大会の規約(すなわち契約内容)を確認しながら議論を行うべきです。したがって,③では,2.で挙げた実際の例について考察を行いたいと思います。
 
③2.の例の場合
 2.で挙げた例を見てみましょう。まず,パズドラの大会の特設ページは下記になります。
pad-esports.gungho.jp
 このうち,「各賞および賞品」の項において,「ジュニアライセンス取得選手への賞金の授受はありません」と書いてあります。

 また,ストリートファイターⅤのページはこちらになります。このうち,「参加規約」の「■本大会へのエントリーについて」に,以下の記述があります。

8.入賞者に対する賞金の付与に関しては、以下に定める通りとします。
 (1)入賞者がJeSUが発行する「ジャパン・eスポーツ・プロライセンス」(以下「プロライセンス」といいます)を保有している場合、規定の金額が支払われます。

 (2)入賞者がプロライセンスを保有していない場合、規定の金額にかかわらず賞金の最高額は10万円とします。

※海外からの参加選手においては、プロライセンスの適用外として、プロライセンスを保有しない場合であっても、賞金授受を妨げることはありません。

 以上のように,両大会とも,当初の規約の時点において,2.で述べたような例では賞金は全額はもらえないことが規定されていました。したがって,今回の例では,賞金支払者は選手から支払債務の免除を受けたわけではなく,あくまで当初から「減額」した分の債務しか負っていなかったものと解されます。源泉徴収についても,実際に支給した分(パズドラの例では0,ストⅤの例では10万円)に対応するもののみ賞金支払者は負うものと解すべきでしょう。
 以上が妥当な結論であろうと思われます。3.の最後で述べたような変な話にもならないわけで,穏当な結論かな,と考えます。
 ただし,個人的には,違和感もあります。ストⅤの方の規約には,次のような一文もあります。

9.予選トーナメントを勝ち抜いた上位8名の入賞者のうちプロライセンスを有していない参加者については、カプコンがJeSUの定める「JeSU公認プロライセンス規約(7.2.1)」に則り、JeSUへプロライセンス発行の推薦をいたします。カプコンからの推薦を受けてJeSUが承認した場合、プロライセンスが発行されることとなります。
 なお、カプコンは、プロライセンス発行に伴いJeSUに支払う費用の全額を負担します。(対象期間:2020年2月末日迄。)

 つまり,プロライセンスを持っていない選手が賞金を受領することになったら,事後的にプロライセンスが発行されるよう動きますよ,ということです。ライセンスが付与されたら,当然ですが,満額の賞金を(規約に添って)受け取ることができます。
 この措置自体は,望ましい措置であろうと思われます。しっかりと活躍した選手はちゃんとした賞金を受け取るべきです。ただし,②で述べた二項対立,すなわち,「選手が賞金債権を免除したかどうか」という観点で考察すると,微妙な問題が生じます。「プロライセンスに推薦してもらって賞金を受け取る」という選択肢があるにも関わらずそうしなかった,すなわち,賞金を受け取る権利を選手が放棄した(支払者の側から見れば,支払債務を免除された)ようにも見えるからです。このような捉え方をした場合には,「減額」される前の賞金全額について源泉徴収を要されることになります。
 以上のような捉え方もできないことはないかな,と思います。ただ,あくまで「推薦」するに過ぎないわけですし,やはり,法律論としては,大会の規約に則って,当初から賞金は「減額」された金額だったのだ,と解すべきでしょう。こちらの方が穏当な結論でもあります。

5.おわりに
 本記事では,ゲーム大会の賞金が「減額」された場合の源泉徴収義務の問題について議論をしました。減額前の賞金の支払債務が生じているかがカギとなる旨を論じました。結論としては,今回の例では,実際に支払われた,「減額」後の金額についてのみ源泉徴収が求められると解すべきだ,と論じました。
 繰り返しになりますが,本記事は,実際に起こっている課税問題を解決する目的のものではありません。あくまで,私個人の考え方をまとめたいための記事ですので,何かこの記事を信頼して行動を起こしたりはされないよう,重ねてお願いします。また,プロライセンス制度に関わる言論でもありません。
 雑駁ではありますが,こんなところで記事を終えたいと思います。

*1:プロライセンス制度の意義や趣旨については,前稿を参照。

*2:なお,ももち選手については,既にCapcom Cup 2018において,同旨の措置を受けています。こちらの記事を参照。

*3:前稿は,プロライセンス制度は,(そのような趣旨の仕組みでないにも関わらず)この義務をすり抜けるものとしても機能してしまうのではないか,という記事でした。

*4:同旨の考え方によるものとも思われる判例として,最判平成23年3月22日民集65巻2号735頁参照。

*5:なお,租税法律主義(憲法30,84条)の下,課税は法律に沿ってのみ行われなければなりません。したがって,実務がどうなっていようと,法律の観点からそれは誤りだ,と批判することは可能です。個人的には,免除が支払に当たるって良く解らんよな,と思います。支払うから債務が消滅する,のであって,債務が消滅したから支払ったんだ,は因果関係が逆転してしまっていると思います。ただ,ここでは,今の実務に従って話を進めたいと思います。