What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

新型コロナウィルス対策の返済免除特約付き緊急小口資金制度と債務免除益課税

 2月に書くことができず,久しぶりのブログとなってしまいました。

 さて,書くまでもないところですが,昨今,いわゆる新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い,様々な問題が生じています。
 私が非常勤職をしている青山学院大学でも*1,4月の授業開始を遅らせる旨の通知がされました(2020年4月1日追記:最新のアナウンスに改訂しました)。

www.aoyama.ac.jp


 日本経済も,大きな影響を受けているようです。正規雇用で働いている方(いわゆるサラリーマン)もリモートワークの導入など色々と影響を受けている一方,それ以上に,フリーランスの方が大きく影響を受けていると言われています。下記記事で述べられるとおり,仕事がダイレクトに無くなるからです。実際,私は趣味で合唱をしているのですが,合唱指導や合唱指揮で生計を立てているフリーランスの方は,コンサートの中止などによってかなり困窮している旨聞いています。

bunshun.jp

 そんな困っているフリーランスの方に向けて,緊急小口資金等の特例貸付という制度を拡大することが決まったようです*2。厚労省の下記ウェブサイトを参照。

www.mhlw.go.jp

 さて,上記厚労省ウェブサイトのpdfファイルの2枚目の下の方に小さく書いてあるのですが,「今回の特例措置では新たに,償還時において,なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができることと」するようです。つまり,原則として将来返してもらうお金だけれど,一定の経済的状況にある人は返還を免除することができるように制度を変えるようです。
 個人が借りたお金を返さなくても良くなった場合に,所得税がかかる場合があります。債務免除益課税,という分野です。私の博士後期課程在学中の研究テーマでしたし,今後とも研究を進めていきたい分野だと思っています。例えば,下記の法令解釈通達の規定を参照。

36-15 法第36条第1項かっこ内に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」(以下36-50までにおいて「経済的利益」という。)には、次に掲げるような利益が含まれる。

((1)ないし(4)略)

(5) 買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額又は自己の債務を他人が負担した場合における当該負担した金額に相当する利益

〔経済的利益〕|国税庁

 今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか,というのが,この記事の根本的な関心です。

 原則として,上記の通達が述べるとおり*3,個人が得た債務免除益は,経済的利益として,原則として所得税の課税対象になります。
 ただし,例外として,債務免除益に所得税が課せられない(非課税となる)場面があります。例えば,貸与型奨学金の返還免除を受けた場合には,「学資に充てるため給付される金品」(所得税法9条1項15号)として,所得税が課せられないものと一般的に取り扱われています*4
 貸与型奨学金については,債務免除益に限らない学費の補償なども含めた規定の対象に債務免除益を含めて非課税にしているわけですが,債務免除益に特化して所得税を非課税にしている規定もあります。所得税法44条の2です。少し長いですが,1項を下記に引用します(下線は私が付しました)。

居住者が,破産法(平成十六年法律第七十五号)第二百五十二条第一項(免責許可の決定の要件等)に規定する免責許可の決定又は再生計画認可の決定があつた場合その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたときは,当該免除により受ける経済的な利益の価額については,その者の各種所得の金額の計算上,総収入金額に算入しない。

 おそらく,この規定の適用の可否が,「今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか」という問題を考えるにあたっては最も重要な問題になるのだろうと思われます*5。具体的には,下線を付した「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に,「所得の減少が続く住民税非課税世帯」が全て当てはまるのか,という点が議論の対象となるように思われます。
 この点は,所得税法44条の2の要件の解釈論はまだまだ固まっているとは言い難い状況にあるので*6,なかなか議論をするのが難しいところです。私見とは違うのですが*7,さしあたり課税庁の通達の法解釈を書くと,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」とは,「破産法……の規定による破産手続開始の申立て又は民事再生法……の規定による再生手続開始の申立てをしたならば、破産法の規定による免責許可の決定又は民事再生法の規定による再生計画認可の決定がされると認められるような場合をいう」ものとされています(所得税基本通達44の2-1)。
 住民税非課税世帯である(世帯の所得額が一定以下である)というだけでは破産手続開始要件(破産法2条11項,15条,16条)や民事再生手続開始要件(民事再生法21条1項)をおそらく満たさないように思われます*8。したがって,上記の法令解釈通達の解釈に従う場合には,今回の特例貸付制度において償還免除を受けた,というだけでは債務免除益課税は回避できない(経済状況に応じて課税される人と課税されない人が出てくる)のではないか,と思われます。

 もっとも,上記の結論が正しい,そうあるべきだ,とは,私は思いません。今回の特例措置の趣旨から言って,今回の騒動で経済活動が上手くいっていない国民を国家が支援するものであるはずで,その支援によって得た経済的利益に課税するのは趣旨に反すると思われます*9
 したがって,現行の法律の解釈として上記の仮説が正しいのであれば,法改正によって,今回の償還免除によって生じる経済的利益を非課税と定めるべきではないか,と思われます*10。または,現行の法律の解釈として今回の償還免除で生じる債務免除益を非課税にでき,かつそうするのだとしても*11,国税庁として,そのような取扱いを明らかにしておくべきではないのかな,と思われます。

 以上,今回の騒動の対応策の結果として生じうるように思われる課税問題についての私見でした。
 今月はもう1記事書く予定でいます。お楽しみに!

*1:なお,来年度も非常勤職として勤める予定です。

*2:この制度ですが,生活困窮者自立支援法(平成25年法律第105号)に基づく「生活に必要な資金の貸付けのあっせん」(3条5項)である…ということで良いのでしょうか。蒙い分野なので,法的根拠についてご存知の方がいらしたらぜひご教示いただけますと幸いです。なお,この政策の是非(貸付けじゃなくて給付にすべきじゃないのかetc.)は,この記事の射程外です。

*3:なお,租税法律主義(憲法30,84条)から導かれる課税要件法定主義の要請により,課税庁が発する通達は国民が服する課税の根拠(法源)とは絶対になりません。通達に書いてあるから正しい,のではなく,通達に正しいことが書いてあるからこのとおりで良い,ことに注意してください。

*4:なお,私は,このような取扱いを批判し,新たな立法が必要だと論じています。藤間大順「貸与型奨学金と債務免除益課税」青山ローフォーラム6巻2号(2018年)153頁参照。

*5:なお,注2で付した根拠が仮に合っているとした場合には,公課の禁止規定(生活困窮者自立支援法20条)によって債務免除益課税は否定されるのではないか,との議論もありうると思います。ただ,この条文は明確に「生活困窮者住居確保給付金として支給を受けた金銭」に対する公課のみを禁じているのであって,貸付けのあっせんおよび償還免除の結果として生じた経済的利益を対象とした規定とは読めないのではないか,と私には思われます。もっとも,この規定を類推適用するのでいいじゃん,でも良いのかもしれません。一応,ここでは,この規定が使えない前提で話を進めます。

*6:以前,司法試験にこの問題が出題され,記事を書きました。こちらを参照。

*7:私見については,藤間大順「債務免除益課税の基礎理論(上)(下)」青山ビジネスロー・レビュー6巻1号(2016年)71頁同巻2号(2017年)29頁参照。

*8:私は倒産法が専門ではなく,教科書を流し読みした程度の知識しかないので,このあたり自信はありません。間違っていたらぜひご教示ください。

*9:なお,普遍的な給付に対して所得課税を行うことに反対するものではありません。今回の償還免除は,所得額一定以下の者のみが受ける,普遍的ではない(いわば救貧的な)措置なので,それに課税をするのはおかしい,ということです。普遍的な給付に対して所得課税を行うことは,累進税率と併せ,所得再分配という観点からは望ましいと評価することも可能です。

*10:例えば,注5で述べた公課の禁止規定の適用範囲を拡大する,という改正でしょうか。

*11:注5で述べたような類推適用をするのだとしても,というイメージです。