What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

コロナウイルスの問題から税法を考える① あなたは所得税を納めていますか?

はじめに(この企画の趣旨など)

 今回から,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の問題から税法を考える記事を書きたいと思う。次に書きたい素材は決まっているのだけれど,書く時期は決めていないし,その後の素材はまだ考えていない。もしかしたら今回で終わりかもしれないので,番号は付さずにおく(次の記事が書けたら番号をつけるかもしれない)。
 記事の趣旨としては,COVID-19の問題で何か税制が劇的な変動を受けるだろうとか,どう変革すべきかとか,そういう関心で書くのではない。どちらかというと,税法に関する一般的な議論を,この問題を素材に書いてみよう,という,そういう関心で書く。

素材にしたいこと:休校対応助成金の適格性について

 コロナウイルスによる経済の停滞によって所得が減少した者に,休業補償を行う動きがある。本日行われた小池百合子都知事の下記の会見でも,休業補償について言及があった。

www.youtube.com

 一般的ないわゆる休業補償や損失補填に政府は消極的なようだが,既に導入された措置として,小学校等に通う子供が休校したことにより仕事が減少したフリーランスの保護者に対する助成金制度がある*1

www.mhlw.go.jp

 この制度だが,当初,対象とするフリーランスの業種について一定の制限を設けていることが話題となり,議論となった(結果として業種の制限は無くなった)。その際,以下の意見があった旨報道されている(下線は藤間)。

 ずいぶんもの分かりよすぎる政権だという気がする。ソースがどこまで信用できるかは不明だが、ある記事で、風俗嬢が確定申告している割合は1%以下というものを目にした。休業補償は当然税金から捻出されるものであり、納税をしていない人間が対象になるのは納得できない

【襲来!新型コロナウイルス】ホステスや風俗嬢にも「休業補償」ってアリか? 「職業で差別するな!」「税金納めてないからダメ!」と大激論: J-CAST 会社ウォッチ

 上記の下線を付した,「確定申告で納税をしていない人間は休業補償の対象となるべきではない」という見解,もう少し一般化すれば,「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という言説の当否を今回の素材としたい。

納税は行政サービスの受給資格の対価か?

 上記のような言説は,今回の騒動が初出ではない。むしろ,何か危機が起きた際には,しばしば湧いてくる言説だと言って良い。例えば,昨年の台風19号による被害に際して,台東区がいわゆるホームレスの方を避難所で受け入れ拒否した際に,同様の言説があった旨下記のように報道されている*2。このような言説は,私は妥当ではないと考えている。以下にその理由を述べる。

news.livedoor.com

租税は何の対価でもないと最高裁は言っている

 税とは何だろう。答えは人によって違うだろう。ただ,ある程度一般的な定義として,最高裁判決では以下のように述べられている(下線は藤間)。

 国又は地方公共団体が,課税権に基づき,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,特別の給付に対する反対給付としてでなく,一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は,その形式のいかんにかかわらず,憲法84条に規定する租税に当たる
(旭川国民健康保険料事件上告審判決(最判平成18年3月1日民集60巻2号587頁*3))

 上記の下線を付した部分で述べられるとおり,租税は,特別の給付に対する反対給付ではないという性質,すなわち非対価性を持つとしばしば説明される*4
 上記の意義に照らせば,行政サービスを受ける資格の対価として租税を捉える見方は妥当ではない,と論じることができるように思われる。
 もっとも,最高裁判所の言うことなんて知らんよ,という人もいるかもしれない。租税を行政サービスの対価として捉えたら何が困るのだろう。以下では,実際にどのような弊害が生じるのか,考えてみたい。

都営地下鉄が停まってしまう

 租税は行政サービスの対価である,または対価でありうるとしよう*5。そうすると,租税の意義が広がり,これまで租税とは考えて来られなかったようなものが租税に含まれてくる。その一例が,都営地下鉄の運賃である。
 都営地下鉄の運賃を租税だと捉える人はあまりいないだろう。ただ,上記の最高裁が言っている定義からすると,対価ではない,というところを抜きにしてしまうと,かなり当てはまってしまう。国家が課すものではないが,地方公共団体が課すものではある。課税権に基づくものかどうかは微妙だが(とはいえ,「税とは課税権に基づくものである」はなかなかなトートロジーである),都営地下鉄の維持などの経費に充てるための資金を調達する目的をもっているし,乗客という一定の要件に該当するすべての者に課されるし,金銭給付でもある(大根で運賃を支払いたいと言っても,券売機に大根は入らないだろう)。租税に該当する,という意見が説得力を持ってきてしまう。
 そうすると,どうなるか。おそらく,今の都営地下鉄の運賃の決め方は憲法違反になろう。なぜなら,都営地下鉄の運賃は,条例レベルでは範囲しか定めておらず(東京都地下高速電車条例(昭和35年条例第94号)3条),管理者にその範囲内で運賃を決めることが認められているからである。仮に租税であったら,このような定めは租税法律主義(憲法84条)または地方税条例主義に違反するものとして,許されないだろう。少なくとも,金額の範囲だけ決めて後は執行に任せている租税など,日本にはおそらく存在しない。
 つまり,租税が対価性を持つまたは持ちうるものだと捉えると,都営地下鉄の運賃の定めが憲法に違反してしまうように思われる。そうなったら,運賃を払ってもらうことができなくなってしまい,都営地下鉄は運航を停めてしまうだろう。
 

多くの日本の納税者には日本の行政サービスを受ける資格が無い?

 いや知らんわ屁理屈を述べるな,と思ったかもしれない。あるいは,公営の鉄道はうちの地方には無いから関係無いよ,と思ったかもしれない。では,もう一点問うてみたい。それは,あなたを含む日本の納税者は所得税を納めているだろうか,ということである。
 例えば,あなたは,「毎月の給料から所得税を天引されている」と述べるかもしれない。ただ,残念ながら,給料から天引される所得税(源泉所得税)は,あなたが納めるべき所得税ではない。ただ単に,勤め先の会社などの支払者が支払うべき税金にすぎない。最高裁判所も,以下のように述べている。

 所得税法上,源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ,……その納税義務は,当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立,確定し,これと並存するものであり……源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じない
(日光貿易事件上告審判決(最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁)*6

 上記の判示の「所得の支払者」「支払者」を会社,「受給者」を労働者と置き換えれば分かりやすい。つまり,毎月天引される所得税は,会社が支払うべき税金にすぎず,あなた自身が納めるべき所得税の額とは何の関係もないのである。したがって,天引されていることは所得税を納めていることの証左にはならない。
 ただ,給与所得を得ているのみの人であっても,源泉徴収で所得税の課税関係は終わらない。確定申告の手続が年明けにある場合があるからである。その段階で源泉徴収税額を控除したうえで所得税を納めている人は当然いる。
 しかし,確定申告をしているといっても,それで税を納めているとは限らない。なぜなら,源泉徴収された税額の方が申告で納めるべき税額よりも多い場合などの場合には,還付を受ける,すなわち所得税を払うのではなくむしろ税額を返金してもらう場合があるからである*7(所得税法122条1項)。そして,日本で確定申告をする納税者の半数超は,還付申告をしている。2018年分の統計では,申告をした納税者のうち1,306万人が還付申告をしており,確定申告で税額を納めた納税者は638万人にすぎない*8
 また,確定申告をせず,年末調整を勤務先から受ける人もかなりいる。2018年分の統計では,年末調整を受けている納税者は4,540万人である*9。しかし,年末調整も支払者に対して課される義務にすぎず(所得税法190条),源泉徴収税額よりも申告所得税額の方が多くても支払者が徴収納付をするのみであり(所得税法192条),源泉徴収税額の方が多ければ翌月以降の所得税に充当される(所得税法191条,天引額が減る)。年末調整をされていても,会社と国の間で源泉徴収税額を調整するだけであって,自分が所得税を納めていることにはならない。
 以上の最高裁が述べる法律論(会社から天引される所得税は自分が支払うべき所得税とは全く別のものである)および統計データを前提とすると*10,日本で所得税を納めていると言えるのは,確定申告をしている人のうち納税申告をしている638万人にすぎない。源泉徴収と年末調整だけを受けている人や,確定申告をしても還付を受けている人は,平易さのためにあえて乱暴な言い方をすれば,全く所得税を納めていないと言えるだろう。そして,この事実と「所得税を納めていない人には公共サービスを受ける資格が無い」という意見をあわせれば,日本で公共サービスを受ける資格があるのは,2018年は638万人に過ぎないことになる。はたしてあなたはこの中に入っているだろうか*11

おわりに

 以上,コロナウイルスの問題から,所得税と行政サービスの関係性について考えてみた。「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という見解があることを素材として,そのような見解は最高裁判所の判示と整合しないこと,そのような見解を前提にすると都営地下鉄が停まってしまうこと,そしてそのような見解を前提にすると日本で公共サービスを受ける資格があるのは638万人にすぎなくなってしまうことを論じた。したがって,「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という見解は妥当ではないように思われる。
 租税は,どんなものの対価でもない*12。一方的かつ強制的に国家や地方公共団体から徴収されるものである。いち個人の損得勘定としては,かなり不合理なものだ,と言ってしまって良いだろう。一方,公共サービスを成り立たせるなどの目的のために,大きな視点では,(国家の存在や一定規模以上の国家の活動を前提とすれば)必要なものでもある。税がそんな割り切れない存在だからこそ,私たちは,公平な税負担とは何か,どんな税制が経済活動に対して中立か,ということを真剣に考えなければならないのだろうと思う。

(2020/4/18追記)

 昨日頃から,日本に住む全ての人に,申請に基づき,10万円を給付する政策を検討している旨の報道がされている。安倍首相の昨晩の会見でも,そのように方針転換をした旨の説明があった。NHKの下記報道では,住民基本台帳へ記載されていれば,国籍等を問わずに給付する方針のようだ。
www3.nhk.or.jp
 この点,支給対象を絞るべきではないか,という議論もある。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041700707&g=polwww.jiji.com
 本稿の議論をこの話に援用してもらっても構わない。支給対象を絞るべきかどうか,という点について,「所得税を納税していないから」支給対象から外すべきだ,という議論は妥当ではない。もっとも,10万円の給付が望ましいか,申請に基づく給付とすべきか,給付対象を住民基本台帳に記載されていることで画するべきか,などの点については,何も述べていないことに注意されたい。

*1:厚労省ウェブサイトにおけるQ&Aはこちら(pdfにつき注意)。

*2:なお,下記の記事にあるように,台東区は,税負担の有無に着目したものではない旨説明している。

*3:裁判所の裁判例情報にリンクが貼れなくなっていたので,リンクは今後貼らない。この判決は裁判所のウェブサイトから閲覧できる。

*4:金子宏『租税法[第23版]』(弘文堂,2019年)11頁,三木義一編著『よくわかる税法入門[第14版]』(ゆうひかく選書,2020年)11~20頁[奥谷健執筆部分]参照。なお,本務校の原則入構禁止措置に伴い,税法のテキストは主にこの2冊だけ持って帰ってきているので,しばらくこの2冊からの引用が目立つと思う。ご容赦いただきたい。

*5:実は,かつては,国鉄の運賃を租税と捉える考え方もあったりした。対価性に着目しない意見につき,旭川国保事件の評釈である小塚真啓「判批」法學論叢165巻2号(2009年)129~130頁参照。

*6:この判決は裁判所のウェブサイトから閲覧できる。

*7:源泉所得税と申告所得税は別個のものなのだけれど,源泉所得税の額の方が申告所得税よりも多ければ,なぜか返金をしてもらえる。不思議なようにも思うのだが,今の判例通説はそういう立場である。とはいえ,寄附金控除や医療費控除など,税金ではないものを支払って還付を受けられる例は,珍しいわけでもない。

*8:国税庁レポート2019(pdfにつき注意)71頁。

*9:平成30年分民間給与実態統計調査参照。

*10:もっとも,「源泉所得税は申告所得税とは全く別のものである」という最高裁の捉え方に,個人的には少し疑問があるし,学説上も異論は少なくない。一般的な見方としても,源泉所得税は本来支払うべき所得税の分割払いや前払いというイメージを持っている人が多いのではないかと思う。

*11:ちなみに,私は毎年還付申告をしているので,入っていない。

*12:もっとも,「租税は文明の対価である(Taxes are what we pay for a civilized society)」という,米国の最高裁判事であるHolmesが述べた有名な格言がある。このブログのタイトルも,その格言からもらっている。税が市民社会なるものの対価だとするなら,私たちは何に対して税金を払っているのだろう,ということを考えて,私はこのブログのタイトルをつけた。

「消費者問題と債務免除益課税」が公開されました。&来年度のこと。

 本日発行された青山法学論集61巻4号(三木義一教授・菊池純一教授・土橋正教授退職記念号)に,執筆した「消費者問題と債務免除益課税―貸与型奨学金およびクレジットカード債務の減免に関する課税問題を検討対象として―」が掲載されました。

 以前執筆した「貸与型奨学金と債務免除益課税」(青山ローフォーラム6巻2号(2018年)153頁)で論じた米国の貸与型奨学金の減免と債務免除益課税の問題についてその後のトランプ税制改革(TCJA)で行われた法改正をフォローしたほか,クレジットカード債務の減免と債務免除益課税の問題についての米国の裁判例を論じたうえで,2つの議論から日本法において得られる示唆を論じました。消費者問題と債務免除益課税がなぜ関わるのか,また,米国と比して日本であまり問題になっていないのはなぜか,という点も論じたりしています。
 ぜひご笑覧いただけますと幸いです。リポジトリ公開され次第,リンクを貼っておきます。

 今回発行された青山法学論集は,タイトルのとおり,昨年までの指導教員である三木義一先生の退職記念号でした。このような場に執筆の機会を賜り,とても光栄でした*1
 同号には,錚々たる先生方が論文等を寄せられています。税法の論文に限っても,同志社大学の占部裕典先生「特別土地保有税の課税停止と徴収猶予に係る法的紛争」を書かれているほか(99頁),青山学院大学の木山泰嗣先生「経済的成果をめぐる税法解釈のあり方」を書かれています(245頁)。また,少し変わった文献として,三木先生ご自身が,「税務訴訟とその背景」として,意見書を書かれるなど関わった税務訴訟の裏側について書かれています(467頁)。
 雑誌も,ぜひお手に取っていただけますと嬉しく存じます。

 今年度の研究活動は,これでひと段落となります。学会報告や判例研究など,夏休みにかなり頑張った一年でした。博士後期課程を出た後も講義をしながらある程度研究を遂行できたことは良かったと感じています。
 来年度(来月)からは,神奈川大学法学部に税法担当の助教として赴任することになりました(青山学院大学でも非常勤講師を続けます)。一気に責任が重くなりてんやわんやしております。コロナウイルス感染拡大の影響で授業開始が1ヶ月延びたのですが*2,しっかりとスタートダッシュを決められるよう,今から準備をしておきたいと存じます。
 今後とも藤間大順およびこのブログをよろしくお願いします。

(2020/6/28追記)
 青山学院大学のリポジトリにて「消費者問題と債務免除益課税」が公開されました。ご笑覧いただけますと幸いです。
www.agulin.aoyama.ac.jp

*1:個人的には,師匠の論じてきた領域とからめて書きたいと思っていたのですが,なかなかうまくいかず,結局自分の領域の中での論文を書くことになりました。もっとも,受けてきたご指導を形にして贈るという意味では,これで良かったのかもしれないとは思っています。またリベンジしたいです。

*2:こちらの神奈川大学ウェブサイト参照。

新型コロナウィルス対策の返済免除特約付き緊急小口資金制度と債務免除益課税

 2月に書くことができず,久しぶりのブログとなってしまいました。

 さて,書くまでもないところですが,昨今,いわゆる新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い,様々な問題が生じています。
 私が非常勤職をしている青山学院大学でも*1,4月の授業開始を遅らせる旨の通知がされました(2020年4月1日追記:最新のアナウンスに改訂しました)。

www.aoyama.ac.jp


 日本経済も,大きな影響を受けているようです。正規雇用で働いている方(いわゆるサラリーマン)もリモートワークの導入など色々と影響を受けている一方,それ以上に,フリーランスの方が大きく影響を受けていると言われています。下記記事で述べられるとおり,仕事がダイレクトに無くなるからです。実際,私は趣味で合唱をしているのですが,合唱指導や合唱指揮で生計を立てているフリーランスの方は,コンサートの中止などによってかなり困窮している旨聞いています。

bunshun.jp

 そんな困っているフリーランスの方に向けて,緊急小口資金等の特例貸付という制度を拡大することが決まったようです*2。厚労省の下記ウェブサイトを参照。

www.mhlw.go.jp

 さて,上記厚労省ウェブサイトのpdfファイルの2枚目の下の方に小さく書いてあるのですが,「今回の特例措置では新たに,償還時において,なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができることと」するようです。つまり,原則として将来返してもらうお金だけれど,一定の経済的状況にある人は返還を免除することができるように制度を変えるようです。
 個人が借りたお金を返さなくても良くなった場合に,所得税がかかる場合があります。債務免除益課税,という分野です。私の博士後期課程在学中の研究テーマでしたし,今後とも研究を進めていきたい分野だと思っています。例えば,下記の法令解釈通達の規定を参照。

36-15 法第36条第1項かっこ内に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」(以下36-50までにおいて「経済的利益」という。)には、次に掲げるような利益が含まれる。

((1)ないし(4)略)

(5) 買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額又は自己の債務を他人が負担した場合における当該負担した金額に相当する利益

〔経済的利益〕|国税庁

 今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか,というのが,この記事の根本的な関心です。

 原則として,上記の通達が述べるとおり*3,個人が得た債務免除益は,経済的利益として,原則として所得税の課税対象になります。
 ただし,例外として,債務免除益に所得税が課せられない(非課税となる)場面があります。例えば,貸与型奨学金の返還免除を受けた場合には,「学資に充てるため給付される金品」(所得税法9条1項15号)として,所得税が課せられないものと一般的に取り扱われています*4
 貸与型奨学金については,債務免除益に限らない学費の補償なども含めた規定の対象に債務免除益を含めて非課税にしているわけですが,債務免除益に特化して所得税を非課税にしている規定もあります。所得税法44条の2です。少し長いですが,1項を下記に引用します(下線は私が付しました)。

居住者が,破産法(平成十六年法律第七十五号)第二百五十二条第一項(免責許可の決定の要件等)に規定する免責許可の決定又は再生計画認可の決定があつた場合その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたときは,当該免除により受ける経済的な利益の価額については,その者の各種所得の金額の計算上,総収入金額に算入しない。

 おそらく,この規定の適用の可否が,「今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか」という問題を考えるにあたっては最も重要な問題になるのだろうと思われます*5。具体的には,下線を付した「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に,「所得の減少が続く住民税非課税世帯」が全て当てはまるのか,という点が議論の対象となるように思われます。
 この点は,所得税法44条の2の要件の解釈論はまだまだ固まっているとは言い難い状況にあるので*6,なかなか議論をするのが難しいところです。私見とは違うのですが*7,さしあたり課税庁の通達の法解釈を書くと,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」とは,「破産法……の規定による破産手続開始の申立て又は民事再生法……の規定による再生手続開始の申立てをしたならば、破産法の規定による免責許可の決定又は民事再生法の規定による再生計画認可の決定がされると認められるような場合をいう」ものとされています(所得税基本通達44の2-1)。
 住民税非課税世帯である(世帯の所得額が一定以下である)というだけでは破産手続開始要件(破産法2条11項,15条,16条)や民事再生手続開始要件(民事再生法21条1項)をおそらく満たさないように思われます*8。したがって,上記の法令解釈通達の解釈に従う場合には,今回の特例貸付制度において償還免除を受けた,というだけでは債務免除益課税は回避できない(経済状況に応じて課税される人と課税されない人が出てくる)のではないか,と思われます。

 もっとも,上記の結論が正しい,そうあるべきだ,とは,私は思いません。今回の特例措置の趣旨から言って,今回の騒動で経済活動が上手くいっていない国民を国家が支援するものであるはずで,その支援によって得た経済的利益に課税するのは趣旨に反すると思われます*9
 したがって,現行の法律の解釈として上記の仮説が正しいのであれば,法改正によって,今回の償還免除によって生じる経済的利益を非課税と定めるべきではないか,と思われます*10。または,現行の法律の解釈として今回の償還免除で生じる債務免除益を非課税にでき,かつそうするのだとしても*11,国税庁として,そのような取扱いを明らかにしておくべきではないのかな,と思われます。

 以上,今回の騒動の対応策の結果として生じうるように思われる課税問題についての私見でした。
 今月はもう1記事書く予定でいます。お楽しみに!

*1:なお,来年度も非常勤職として勤める予定です。

*2:この制度ですが,生活困窮者自立支援法(平成25年法律第105号)に基づく「生活に必要な資金の貸付けのあっせん」(3条5項)である…ということで良いのでしょうか。蒙い分野なので,法的根拠についてご存知の方がいらしたらぜひご教示いただけますと幸いです。なお,この政策の是非(貸付けじゃなくて給付にすべきじゃないのかetc.)は,この記事の射程外です。

*3:なお,租税法律主義(憲法30,84条)から導かれる課税要件法定主義の要請により,課税庁が発する通達は国民が服する課税の根拠(法源)とは絶対になりません。通達に書いてあるから正しい,のではなく,通達に正しいことが書いてあるからこのとおりで良い,ことに注意してください。

*4:なお,私は,このような取扱いを批判し,新たな立法が必要だと論じています。藤間大順「貸与型奨学金と債務免除益課税」青山ローフォーラム6巻2号(2018年)153頁参照。

*5:なお,注2で付した根拠が仮に合っているとした場合には,公課の禁止規定(生活困窮者自立支援法20条)によって債務免除益課税は否定されるのではないか,との議論もありうると思います。ただ,この条文は明確に「生活困窮者住居確保給付金として支給を受けた金銭」に対する公課のみを禁じているのであって,貸付けのあっせんおよび償還免除の結果として生じた経済的利益を対象とした規定とは読めないのではないか,と私には思われます。もっとも,この規定を類推適用するのでいいじゃん,でも良いのかもしれません。一応,ここでは,この規定が使えない前提で話を進めます。

*6:以前,司法試験にこの問題が出題され,記事を書きました。こちらを参照。

*7:私見については,藤間大順「債務免除益課税の基礎理論(上)(下)」青山ビジネスロー・レビュー6巻1号(2016年)71頁同巻2号(2017年)29頁参照。

*8:私は倒産法が専門ではなく,教科書を流し読みした程度の知識しかないので,このあたり自信はありません。間違っていたらぜひご教示ください。

*9:なお,普遍的な給付に対して所得課税を行うことに反対するものではありません。今回の償還免除は,所得額一定以下の者のみが受ける,普遍的ではない(いわば救貧的な)措置なので,それに課税をするのはおかしい,ということです。普遍的な給付に対して所得課税を行うことは,累進税率と併せ,所得再分配という観点からは望ましいと評価することも可能です。

*10:例えば,注5で述べた公課の禁止規定の適用範囲を拡大する,という改正でしょうか。

*11:注5で述べたような類推適用をするのだとしても,というイメージです。

アメリカ税法研究会

 昨日,青山学院大学大学院法学研究科アメリカ税法研究会が開かれました。
 1年強ぶりの開催となりました。前回研究会については,下記参照。
taxfujima.hatenablog.com

 今回の研究会では,西武文理大学の道下知子先生が,米国の給付付き税額控除であるEITCについて近時唱えられる改革案をまとめ,ご報告されました。
 道下先生は,私の姉弟子筋にあたる先生です。EITCについての米国の議論について研究されています(例えば,こちらの論文を参照)。給付付き税額控除制度については,米国のEITCについてしばしば指摘される不正な還付が問題として指摘されますが,そんな米国の状況などについてご研究されています。
 今回のご報告も,EITCの不正還付の問題などにつき,近時議論されている改革案を整理されたものでした。今後論文を公表される予定とのことなので詳細は書きませんが,大変勉強になりました。道下先生および私の師匠である三木義一先生も出席されて,大変充実した研究会になりました。

 私は,先月の学会報告が終わり,正直なところ研究が疎かになっていたように思います。道下先生のご報告を聞いて,私も頑張らねばならないな,と気持ちを新たにしました。

(追記)
 明けましておめでとうございます。本ブログを今年も何とぞ宜しくお願いいたします。すみません,書き忘れました。

『国際租税法[第4版]』をご恵贈いただきました。

 東京大学の増井良啓先生より,今月発売された『国際租税法』の第4版を賜りました。

 書籍の詳細は下記参照。
www.utp.or.jp

 書籍については,今さら私ごときが述べるまでもないかもしれません。増井先生と,最高裁判所の判事になられた宮崎裕子先生の共著による,定評のある国際租税法についてのテキストの最新版です。総論的な部分(1,2章),インバウンド取引と課税(3~6章),アウトバウンド取引と課税(7~11章),応用(12章)の4つの部分に分け,個別の制度について,一貫した理論に基づき丁寧かつ簡潔な説明がなされています。
 私は,これまで主に国内法の問題を論じており,国際租税法について議論する機会はそこまで多くはないのですが,それでも必然的に触れる機会はあります。その際に,まず依拠できる信頼できるテキストがあることは,大変幸運なことである,といつも感じています。ぜひ読んで勉強したいと思います。ありがとうございます!

 増井先生は,以前『租税法入門』もくださいました(こちらの記事を参照)。お目にかかったことはあまりないのですが,私のようなしがない者に目をかけてくださり,大変ありがたく感じます。お話しをする機会もそう無い,「雲の上」の方ではあるのですが,いつかお礼を申し上げたいと思っています。今後とも何とぞご指導ご鞭撻のほどを宜しくお願いいたします。