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税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

「修習給付金は雑所得に該当する」と「修習給付金に必要経費は生じない」は整合するか:国税不服審判所裁決令和3年3月24日を素材として

はじめに

 山中理司弁護士の下記のブログ記事を契機として,司法修習生が受け取る修習給付金の課税関係について関心が高まっています。

https://yamanaka-bengoshi.jp/2021/04/11/shuushuukyuuhukjin-r030324saiketsu/

 上記のブログ記事にあるとおり,修習給付金については,必要経費が生じない雑所得である,と実務上取り扱われています。この点について審査請求の後に請求を棄却する裁決が出され,裁判所に現在出訴している段階,とのことです。争われている論点は多岐にわたりますが,この記事では,「修習給付金は必要経費が生じない雑所得である」という現行の取扱いについて,「修習給付金は雑所得に該当する」ことの理由付けと「修習給付金には必要経費が生じない」ことの理由付けがはたして整合しているのか,ということを中心的な関心として,上記の山中弁護士のブログが引用している裁決(国税不服審判所裁決令和3年3月24日,以下「本裁決」という)を素材に論じていきたいと思います。
 なお,上述の争いをしている当事者とは面識はありませんし,特に頼まれて書いているわけではありません。山中弁護士とも面識はないです。利害関係者(司法修習生)に友人はいますが,何というか,自分の利益のために書いているわけではありません。また,ブログ記事ですので,多少ラフに書くと思いますがご容赦ください。

修習給付金の雑所得該当性

 修習給付金とは,司法試験合格後,法曹三者になるまでの間に最高裁判所の下で研修を行う司法修習生に対して最高裁判所が支給する金員のことです。支給の根拠条文は,下記の裁判所法67条の2になります。

(修習給付金の支給)
第六十七条の二 司法修習生には,その修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間、修習給付金を支給する。
② 修習給付金の種類は,基本給付金,住居給付金及び移転給付金とする。
③ 基本給付金の額は,司法修習生がその修習期間中の生活を維持するために必要な費用であつて,その修習に専念しなければならないことその他の司法修習生の置かれている状況を勘案して最高裁判所が定める額とする。
④ 住居給付金は,司法修習生が自ら居住するため住宅(貸間を含む。以下この項において同じ。)を借り受け,家賃(使用料を含む。以下この項において同じ。)を支払つている場合(配偶者が当該住宅を所有する場合その他の最高裁判所が定める場合を除く。)に支給することとし,その額は,家賃として通常必要な費用の範囲内において最高裁判所が定める額とする。
⑤ 移転給付金は,司法修習生がその修習に伴い住所又は居所を移転することが必要と認められる場合にその移転について支給することとし,その額は,路程に応じて最高裁判所が定める額とする。
⑥ 前各項に定めるもののほか,修習給付金の支給に関し必要な事項は,最高裁判所がこれを定める。

裁判所法67条の2

 上述のとおり,基本給付金(いわば基本給),住居給付金(いわば住宅手当),移転給付金(いわば転勤手当)の3種類の金員から修習給付金は構成されています。全員が受領する基本給付金は,現在135,000円/月です。本裁決でまとめられているとおり,かつては全面給付制だったものが全面貸与制に切り替わり,また給付制が貸与制との併用で復活した,という経緯になっています。
 この修習給付金は,下記のとおり,課税所得に該当し,かつ雑所得に該当する,と実務上取り扱われています*1。本裁決では課税所得該当性も争われており,この点についても興味深い論点が存在しますが,この記事では,雑所得に該当する,という点を取り上げたいと思います。

 雑所得とは,利子所得(所得税法(昭和40年法律第33号,以下「所税」)23条)から一時所得(所税34条)までの他の分類全てに該当しない所得が分類されるものです(所税35条1項)。「キャッチ・オールの所得類型」*2,「バスケットカテゴリー」*3などと形容されます。したがって,雑所得に該当すると論じるためには,他の所得分類全てに該当しない,と論じることが必要であり,かつこれが論じられれば十分である,ということになります。
 修習給付金についておそらく問題となりうるのは,給与所得該当性と(所税28条1項),一時所得該当性でしょう(所税34条1項)。まず,給与所得該当性については,後述する本裁決で述べられているとおり,修習給付金と司法修習の間に対価性はないということで否定されているのであろうと思われます。平成23年以前の給付金は給与所得と扱われていたので疑問も生じますが,この点はあまりこの記事の論旨とは関わらないのでここで議論をとどめたいと思います。
 本記事でむしろ扱いたいのは,修習給付金が一時所得に該当しない,とされていることです。修習給付金は雑所得に該当するとされているのですから,一時所得の要件である「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」であること(非継続要件)または「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しない」こと(非対価要件)を満たさない,と考えねばなりません*4。「修習給付金は雑所得に該当する」と言うためには「修習給付金は非継続要件または非対価要件を満たさない」と言わねばならない,ということを確認して,次の議論に進みたいと思います。

修習給付金には必要経費が発生しないこと

 上述の画像に書いてあるとおり,修習給付金は雑所得に該当しますが,控除できる必要経費(所税37条)は観念できない,と取り扱われています。本裁決では,この点が中心的な論点の1つとして争われました。
 本裁決は上述の取扱いを追認するものでしたが,必要経費が観念できない理由として以下のように述べています(下線および番号は筆者)。

「司法修習生が司法修習に専念する上で種々の費用が必要となるのは請求人の主張のとおりであるところ,かかる費用を負担して従事する司法修習自体は,無償のものとして国によって実施されるものである。そして……その無償の司法修習に従事する上で種々の費用が必要となることから,司法修習生という地位に起因する特別な給付として基本給付金が給付されるという関係にあると解されるのであって,①司法修習生が基本給付金を得るために司法修習に従事するという関係にあるわけではなく,そうである以上,②司法修習が基本給付金という所得を生ずべき業務であると解することはできないし,また,③司法修習生が基本給付金を得るために種々の費用を支出する関係にあるわけでもない。」

 この判示,私は理解しきれているか自信がないのですが*5,下線を引いた部分を中心的な理由付けだと仮定して読むと,①司法修習生が従事している修習は,基本給付金の支給の有無と対価牽連性があるわけではない→②したがって,司法修習生は基本給付金などの修習給付金を得るための事業や業務を行っていないので,業務との関連性がある費用は生じえないし,③何らかの支出があったとしても,それは基本給付金を得るために必要な支出とは言えない,ということを述べているのだろう,と思われます。②業務との関連性と③業務遂行上の必要性を必要経費の要件と解する議論は,先行裁判例とも整合的です*6
 ③についても議論の余地はあるかと思うのですが,ここでは,本裁決は,①司法修習と基本給付金との間に対価牽連性はないこと,②基本給付金を得るための業務を司法修習生は行っていないことを述べたことを確認しておきたいと思います。

雑所得に関する理由付けと必要経費に関する理由付けは整合しているのか?

 以上の議論を整理しておきましょう。
 まず,修習給付金は雑所得に該当する,とされています。したがって,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」ではないか,「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質」を有する,ということになります。
 次に,修習給付金には必要経費は生じない,とされています。その理由として,本裁決は,司法修習と基本給付金との間に対価牽連性はないことおよび基本給付金を得るための業務を司法修習生は行っていないことを述べたのであろう,と思われます。
 問題は,雑所得に関する理由付けと必要経費に関する理由付けを整合的に解することができるのか,ということです。雑所得該当性はどちらかの要件を満たせば良い(一時所得の要件を充足しないことになる)ので,雑所得に関する理由付けのいずれかが必要経費に関する理由付けと整合的であれば足りる,ということになります。
 まずは,対価性の問題です。修習給付金は「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質」を有するけれども,司法修習と基本給付金の間に対価牽連性はない,と論じることができるでしょうか。この点を整合的に解そうとすれば,修習給付金は司法修習の対価それ自体ではないけれど対価としての性質は有するのだ,という若干苦しい議論をする必要があります。一時所得の要件を「偶発性」という概念を軸にかなり限定的に解する先行裁判例を参照すれば*7,こういった議論も不可能ではないかとも思われますが,本裁決が「基本給付金を得るために司法修習に従事するという関係にあるわけではな」い,とかなり強く対価性を否定してしまっているので,この方途は難しいように思われます。
 継続性や業務の論点についても,整合性を考えてみましょう。この点で整合性を保つのならば,修習給付金は営利を目的とする継続的行為から生じているけれども,修習給付金を得るための業務を修習生は行っていない,ということになります。司法修習は「営利を目的とする継続的行為」ではあるけれども修習給付金を得るための業務ではない,ということになるのだろうと思いますが,修習に伴って副収入は生じないのでしょうし,むしろ副収入を得てしまったら副業禁止に引っかかってきてしまいそうですから,司法修習を修習給付金以外の形で営利を得ようとする行為だと捉えることは難しいように思われます。
 そうすると,対価性の論点についても,継続性の論点についても,整合的に解するのは難しいのではないか,と思われます。
 1つの逃げ道となりうるのは,非継続要件を2つの要件と解する道です*8。具体的には,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるかどうかと,「一時の所得」であるかどうかを別の要件であると解したうえで,修習給付金は「一時の所得」ではないから雑所得に該当するのだ,と論じる道です。こう論じることができれば,対価牽連性は認められないとか,業務を行っていないとかという必要経費の存在を否定する論拠との整合性は特に問題にならないように思われます。修習給付金は毎月得るものですから,このような議論は説得的なようにも考えられます。
 しかしながら,この道は,先行裁判例とは整合しません。先行裁判例においては,一般に,非継続要件は1つの要件としてこれまで論じられてきました*9。個人的には,このような裁判例の傾向は批判的に見てきたのですが*10,しかし,非継続要件は2つの要件なのだということを当たり前の前提として議論をすることはまだできないのではないかな,と思います。

おわりに

 本記事では,修習給付金の課税関係につき,雑所得該当性の論拠と必要経費が観念できない論拠を整合的に解することができるのか,という点を議論しました。素直に考えてみると,対価性という論点でも継続性という論点でも,本裁決が述べる論拠は雑所得に該当することと整合的に解せないのではないか,という旨を論じました。また,非継続要件を2つに分解する議論をすれば整合的に解することは可能かもしれませんが,この道は裁判例の傾向に反するものとなる旨も論じました。
 本裁決で争われた事件は,現在裁判所に提訴中とのことです。本裁決ではあまりこの記事のような関心について述べる部分は見当たりませんが,今後は,雑所得該当性と必要経費の不発生がはたして整合するのか,という点についても議論がされることが望まれます。

*1:「修習給付金案内(第74期)」(裁判所ウェブサイト:https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/file1/74_11.pdf)18頁。なお,大阪国税局内部の同旨の文書につき,こちらの山中弁護士のブログ記事を参照。

*2:佐藤英明『スタンダード所得税法[第2版補正2版]』(弘文堂,2020年)235頁。

*3:酒井克彦『裁判例からみる所得税法』(大蔵財務協会,2016年)310頁。

*4:一時所得の要件については,佐藤英明「一時所得の要件に関する覚書」金子宏ほか編『租税法と市場』(有斐閣,2014年)220頁参照。

*5:特に,①と③が繋がるのか良くわからないです。もしかしたら,①と②は関係するけれど③はまったく別の話だと(つまり「また」で切れていると)読むべきなのでしょうか…ただ,そうすると,③の理由がどこにも述べられていなくてこれまた別の悩みが生じます。

*6:たとえば,大阪地判平成30年4月19日税資268号順号13144参照。

*7:たとえば,馬券札幌事件第一審判決(東京地判平成27年5月14日民集71巻10号2279頁)参照。

*8:このような解釈論を述べる文献として,佐藤・前掲注(4)222頁参照。

*9:たとえば,東京地判平成30年4月19日税資268号順号13146参照。

*10:拙稿「判批」月刊税務事例51巻8号(2019年)45頁参照。