What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

所得税法44条の2の立法趣旨をめぐる2つの謎

はじめに

 明けましておめでとうございます。本年もこのブログをよろしくお願いします。
 今月ブログに書くことがなさそうなので,これまでの研究でわからなかったことについて書いておきたいと思います。
 私はこれまで債務免除益に対する所得課税を主に論じてきましたが,検討の出発点は平成26年度税制改正で創設された所得税法44条の2(以下「本規定」といいます)の解釈論でした*1。本規定の解釈論について一定の私見を述べてはいるのですが,研究していても本規定の立法趣旨についてはわからなかったことがあります。

平成26年度税制改正による所得税法44条の2の立法と2つの謎

 まずは,本規定の立法経緯について述べておきたいと思います。
 本規定は下記のようなものです。

(免責許可の決定等により債務免除を受けた場合の経済的利益の総収入金額不算入)
第四十四条の二 居住者が,破産法(平成十六年法律第七十五号)第二百五十二条第一項(免責許可の決定の要件等)に規定する免責許可の決定又は再生計画認可の決定があつた場合その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたときは,当該免除により受ける経済的な利益の価額については,その者の各種所得の金額の計算上,総収入金額に算入しない。
2 前項の場合において,同項の債務の免除により受ける経済的な利益の価額のうち同項の居住者の次の各号に掲げる場合の区分に応じ当該各号に定める金額(第一号から第四号までに定める金額にあつては当該経済的な利益の価額がないものとして計算した金額とし,第五号に定める金額にあつては同項の規定の適用がないものとして総所得金額,退職所得金額及び山林所得金額を計算した場合における金額とする。)の合計額に相当する部分については,同項の規定は,適用しない。
 一 不動産所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の不動産所得の金額の計算上生じた損失の金額
 二 事業所得を生ずべき事業に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の事業所得の金額の計算上生じた損失の金額
 三 山林所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の山林所得の金額の計算上生じた損失の金額
 四 雑所得を生ずべき業務に係る債務の免除を受けた場合 当該免除を受けた日の属する年分の雑所得の金額の計算上生じた損失の金額
 五 第七十条第一項又は第二項(純損失の繰越控除)の規定により,当該債務の免除を受けた日の属する年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額の計算上控除する純損失の金額がある場合 当該控除する純損失の金額
(3項以下略)

 端的に言うと,「お金を返せない人が返さなくても良いと言われても,借金から免れたことによる利益(債務免除益)に対する所得税を負担しなくても良い」という規定です。
 このようなルールは*2,平成26年度税制改正によって初めて設けられたものではありません。同改正以前は,下記のような法令解釈通達が設けられていました(所得税基本通達36-17,以下「旧通達」といいます)。同改正に伴い,現在ではこの通達は廃止されています。

(債務免除益の特例)
36-17 債務免除益のうち,債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては,各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする。ただし,次に掲げる場合に該当するときは,それぞれ次に掲げる金額(次のいずれの場合にも該当するときは,その合計額)の部分については,この限りでない。
 (1)当該免除を受けた年において当該債務を生じた業務(以下この項において「関連業務」という。)に係る各種所得の金額の計算上損失の金額(当該免除益がないものとして計算した場合の損失の金額をいう。)がある場合 当該損失の金額
 (2)法第70 条(純損失の繰越控除)の規定により当該免除を受けた年において繰越控除すべき純損失の金額(当該免除益を各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入することとした場合に当該免除を受けた年において繰越控除すべきこととなる純損失の金額をいう。)がある場合で,当該純損失の金額のうちに関連業務に係る各種所得の金額の計算上生じた損失の金額があるとき。 当該繰越控除すべき金額のうち,当該損失の金額に達するまでの部分の金額

 本規定と旧通達の類似性や本規定の立法に伴って旧通達が廃止されていることを勘案すると,旧通達で定められていた取扱いが立法で明確化されたのだな,と読むのが素直な理解です。旧通達については,通達で定めるべき事項を超えた,立法で定められるべき内容なのではないか,という批判が従前よりありました*3。上述の理解に沿えば,平成26年度税制改正はこのような批判に応えたものだということができそうです。また,立法担当者の解説においても,本規定は旧通達の取扱いを「法令上明確化」*4するものだ,と論じられています。
 もっとも,これで話は終わりではありません。まず,①なぜ通達の取扱いを明確化することが平成26年度税制改正で行われたのか,という点は明らかにはなりません。なぜこのタイミングだったのか,ということです。また,②旧通達と本規定の定めは微妙に異なっており,この点をどう捉えたら良いのか,という点も問題になります。以下では,これらの点について,私が考えた限りのことを書きたいと思います。

なぜこの条文ができたのか?

 まず,①旧通達の取扱いを明確化したのはなぜ平成26年度改正だったのでしょうか。
 税制改正で良くあるルートは,省庁が税制改正要望を出す→税制調査会で審議され,税制改正大綱に載る→税制改正がされる,というものです。多くの改正については,このルート,特に省庁の税制改正要望を参照することで,立法の背後にあった問題について知ることができます。
 本規定の立法については,税制改正大綱には載っています*5。しかし,省庁の税制改正要望には載っていません。そのため,なぜこのタイミングで立法がされたのか,ということは,確たることはわかりません。
 ただし,この改正により,本規定と同時に,一定の準則型私的整理手続により債務免除を受けた者が資産の評価損を計上できることとする規定が導入されています(租税特別措置法28条の2の2。以下「評価損規定」といいます)。評価損規定については金融庁などの税制改正要望によって立法されたものであり,東日本大震災による二重ローン問題が背後にあったことが要望で述べられています*6
 おそらくですが,二重ローン問題対策として評価損規定の立法を議論するなかで,同じ局面で適用されうる旧通達が論点として挙がり,どちらが優先適用されるかなどの解釈論上の問題が生じるとの懸念があったため,本規定が立法されたのだと思います。立法担当者の解説でも,評価損規定の創設「にあわせ」*7て本規定が立法された,と述べられており,このような経緯が示唆されるところです。実際,評価損規定の適用要件において,本規定と評価損規定の適用は排他的であることが明確になっています。
 ただし,評価損規定の立法が先にあり,それに合わせて本規定が立法されたのだとしても,なぜ本規定は所得税法本法に設けられ,評価損規定は租税特別措置法に設けられたのか,という点は明らかではありません。また,既に指摘したところですが*8,評価損規定の適用を受ける納税者は本規定の適用を受ける納税者に比して不利であり,評価損規定の適用を受ける納税者は実際のところあまりいないようです。なぜこのようなアンバランスな制度を作ることになったのか,ということについても,手がかりがないので良くわかっていません。この点,法人税法上の企業再生税制では倒産処理時の資産の評価損益の計上について本法に規定されており(法人税法33条3項など),これとの違いも気になります。
 以上のように,本規定の立法経緯については,「たぶん評価損規定の立法に伴う適用の問題を解決するためのものだ」とは言えますが,この推測が合理的なものなのか,いわば「答え合わせ」はできません。また,仮にこの推測が合理的なものだったとしても,「ではなぜこんな制度になったのか」という更なる疑問には答えられません。

「総収入金額」にはどのような意味があるのか?

 次に,旧通達と本規定には細かいところですが違いもあります。特に問題となるのは*9,旧通達の適用の効果が「収入金額又は総収入金額に算入しない」とされている一方,本規定の適用の効果は「総収入金額に算入しない」とされている点です。「収入金額」が削られたことをどう考えたら良いのか,ということです。具体的には,計算規定(所得税法28条2項,30条2項)で「総収入金額」ではなく「収入金額」が用いられている給与所得や退職所得に本規定は適用されうるのか,という点が問題となります*10
 この点については,様々な立場があります。私は本規定は給与所得などには適用されないものと解していますが*11,適用される,という立場もあります*12。この点はいずれの立場も成り立つのかもしれませんし,あるいは立法担当者の意思がそのまま「正しい」法解釈となるわけではないと思いますが,ただ,立法担当者がなぜ削ったのか,というところはわかっていません。上述のとおり,立法のタイミングについては『改正税法のすべて』に色々なヒントがあるのですが,こちらについては『改正税法のすべて』にもヒントはありません。

おわりに

 以上,これまでの研究でわからなかった所得税法44条の2の立法趣旨について述べてきました。具体的には,①立法された経緯と②旧通達から規定ぶりを変えた理由の2点が良くわからない,と述べました。
 税法は毎年改正されますし,財務省の立法担当者による解説も改正の都度出版されるのですが,それでも上述のとおり良くわからないところは残ります。立法趣旨に不明確なところが残ってしまう背景には,事実上の最終的な政策決定が自民党の税制調査会という密室で決まることがあるのではないか,と思われます。立法趣旨の明確化については,近時,租税回避否認との関係で主張されることがあります*13。一般的なところまでは自分の中で考えられていないのですが,少なくとも本記事で示した2つの謎については,何らかの形で立法時の議論が明らかになって欲しいな,と願っています。
 また,本記事で述べた2つの謎について何か情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら,ぜひご教示を賜れますと幸いです。そもそも私の調査が不足しているだけの可能性もあるのですが…

*1:青山ビジネスロー・レビュー6巻1号(2016年)および同巻2号(2017年)の拙稿を参照。なお,当該論稿については拙著『債務免除益の課税理論』(勁草書房,2020年)に論旨を多少修正のうえで載せていますので,参照される際は青山ビジネスロー・レビューの方ではなく書籍の方を見てもらえれば幸いです。また,当該論稿の内容について簡潔にまとめた記事として,拙稿「資力喪失による債務免除益の非課税規定(所得税法44条の2)についての解釈論」東京税理士界766号(2020年)参照。

*2:通達の定めを「規定」と述べて良いのかわからないので,「ルール」という曖昧な言い方をここではします。

*3:たとえば,増井良啓「債務免除益をめぐる所得税法上のいくつかの解釈問題(上)」ジュリスト1315号(2006年)199頁参照。このような批判をしていた文献の一覧については,拙著・前掲注(1)7頁の注7を参照。

*4:大蔵財務協会編『改正税法のすべて 平成26年度版』(大蔵財務協会,2014年)103頁[佐々木誠=田名後正範執筆部分]。

*5:こちらの国会図書館のアーカイブ参照。

*6:こちらの国会図書館のアーカイブを参照。

*7:大蔵財務協会・前掲注(4)103頁[佐々木誠=田名後正範執筆部分]。

*8:拙著・前掲注(1)262~263頁[初出:2018年]参照。

*9:なお,この点以外にも違いは色々とあるのですが,他の違いは法令の規定と通達の性質の違いである程度説明できるのかな,と個人的には考えています。

*10:また,仮に適用されるとしても,それによって源泉徴収義務(所得税法183条)が消滅するのか,という更に厄介な問題もあります。

*11:拙著・前掲注(1)44~46頁[初出:2016~2017年]参照。

*12:片山直子「源泉徴収義務をめぐる近時の法的諸問題」税法学581号(2019年)234~237頁,片山直子「居住者に対する源泉徴収の問題点」税研209号(2020年)45~48頁参照。

*13:本部勝大『租税回避と法』(名古屋大学出版会,2020年)287~288頁参照。