What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

コロナウイルスの問題から税法を考える③ 所得分類を持続化給付金の支給要件に組み込むべきか

はじめに

 コロナウイルスの問題から税法を考える企画の3回目である。当初想定していた2回目のテーマとして,所得分類の問題を書きたいと思う*1

素材にしたいこと:持続化給付金の受給要件

 いわゆる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によって収入が減少した事業者を対象として,持続化給付金という制度が始まっている。
www.meti.go.jp
 この制度だが,所得税法上の所得分類として事業所得を得ている者のみに給付がされていることが問題視されている*2

 税法学の研究者も,この問題について意見を述べている*3

 それでは,そもそも,事業所得だの雑所得だのとは何なのだろう。これらの概念は,所得を分類する枠組として,「所得分類」や「所得区分」と総称される。今回は,このテーマについて書いていきたいと思う。

所得分類が設けられている趣旨

 所得分類とは,所得税法(昭和40年法律第33号,以下「法」という)23条から35条までに規定される,10種類の所得の分類の枠組である。今回問題となっている事業所得は法27条に,雑所得は法35条に,その意義や計算方法が規定されている。所得分類に応じて,源泉徴収(いわゆる天引)の対象になるかなどの課税方法も異なってくることがある(例えば,給与所得(法28条1項)に該当すれば,源泉徴収義務が課される(法183条))。
 なぜこのような分類があるのだろうか。所得税とは,所得,つまり儲けに対する課税である。どんな形で儲けたとしても,同じように儲けを計算して,同じように課税した方が公平ではないだろうか。儲けを分類する趣旨はどこにあるのだろうか。

従来の考え方:担税力に基づく課税

 所得分類制度が設けられている理由についての通説的な説明は,以下のようなものである。
「所得はその性質や発生の態様によって担税力が異なるという前提に立って,公平負担の観点から,各種の所得について,それぞれの担税力の相違に応じた計算方法を定め,また,それぞれの態様に応じた課税方法を定めるためである。」*4
 そして,具体的には,資産性所得(利子所得,配当所得,不動産所得,山林所得,譲渡所得等),資産勤労結合所得(事業所得),勤労性所得(給与所得,退職所得)の順に担税力が高い(つまり税額を多く課すべきである)と説明される*5
 以上のように,所得分類制度は,所得を得た態様に応じた担税力の差異への配慮という趣旨に基づく制度である。そのため,所得を得た形式のみならず,実際の稼得形態を重視して決定すべきものとされている。このような考え方を前提とした最近の有名な事件として,いわゆる馬券大阪事件上告審判決(最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁)がある*6
 単純に言えば,「フリーランスが得ている所得だから事業所得」などとなるのではなく,人によって,あるいは同じ人でも個々の取引ごとによって,所得分類は異なりうる,ということである。

従来の考え方は本当に妥当なのか?

 もっとも,上記のような考え方にも異論がありうる。
 例えば,上記の趣旨からいえば,(事業所得を稼得している)フリーランスの方が,サラリーマン(給与所得者)よりも税金を負担する能力が高い,ということになる。しかし,近時のいわゆるシェアリングエコノミーの隆盛によって,小規模かつ不安定な事業者(ギグワーカー)が増えてきており,このような枠組には疑問の余地がある *7
 単純に言えば,フリーランスの音楽家やUber Eatsの配達パートナーの方が,サラリーマンよりも税を負担する能力が高いと本当に言えるのか,ということである。以前の投稿に書いたとおり,フリーランスは,働けなくなれば,それで収入が一気に激減する場合が多い。今回のコロナウイルスの感染拡大は,このような性質を露わにしたように思われる*8。安定した収入を得られるという意味では,むしろサラリーマンの方が担税力が高いではないか,という意見もありうるだろう。
 上記のように,違う所得分類の間での担税力の大小について疑問が呈される一方,同じ所得分類の間で担税力は概ね同様と見て良いのか,という点についても,疑問の余地がある。例えば,大学の常勤の教員と非常勤の教員は,講義を行った講師料について,同じく給与所得として課税される*9。しかし,非常勤の教員は,授業のために必要な資料などを自分で用意しなければならない場合も多く,赤字になることも少なくない(下記の呟きを参照)。特に,オンライン授業への対応が問題となっている現在では,この問題は深刻だろう。

今回の素材から見えてくるもの

 以上のように,所得分類が設けられている趣旨は担税力への配慮であり,実態をもってその該当性を判断すべきだと通説的には考えられている。しかし,この考え方には異論も有力になりつつある。特に,昨今の情勢は,異論をより強いものにしつつあるように思われる。これらの事情から,上記の素材はどのように論じられるだろうか。

従来の考え方に基づく考察:事業所得と雑所得の分類の曖昧さ

 まず,所得分類制度自体が揺らぐ以前に,事業所得と雑所得の区別の基準は上述のとおり実態を見て判断されるものであって,何か形式的にカッチリと決まるものではない。
 例えば,商品先物取引によって得た所得が雑所得に該当するとした裁判例においては,様々な要素を挙げているが*10,結局,事業所得と雑所得の区別は「総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべき」と述べるに留まっている(名古屋地判昭和60年4月26日行裁36巻4号589頁)。
 実際のところ,今回の持続化給付金の申請にあたっても,雑所得としての申告を事業所得へと修正申告すべき旨の指導がされているという呟きが見られる。

 この点,誤解がしばしば見られるのは,「開業届を出しているかで決まるんじゃないか」というものである。開業届は,事業所得を稼得したことの結果として提出が求められるものにすぎず(法229条),開業届の提出が原因となって事業所得へと該当するようになるわけではない。また,開業届の不提出に対する罰則も存在しない(法238条以下参照)。あくまで,事業所得と雑所得の区別は,実態に即して判断される。
 以上のように,事業所得と雑所得の区別は,実態をもって,個別の納税者や個別の所得ごとに判断されるべきものである。したがって,昨年と比べて減ったかどうかなどを判断するための安定した指標として用いることには限界があるように思われる。実際には,今回の制度では,この区別を,確定申告書と受給者(納税者)の宣誓によって形式的に判断し,安定的な指標として用いようとしているが*11,このような判断方法は(何度も述べているように実態をもって該当性を判断すべき)所得分類制度にそぐわないように思われる。

従来の考え方の揺らぎと今回の素材

 また,上述のとおり,所得分類制度の趣旨は,かなり揺らいでいる状況にあるように思われる。もちろん,制度として破綻しているとまで言える状況ではない。しかし,所得が本質的に10種類に分類できて,それぞれごとに担税力が明確に違うのだ,と述べることは,かなり難しい状況であり,特に今回のコロナウィルスの感染拡大が社会に与えている影響は,このことをより明確にしているように思われる。
 このように所得分類制度自体が揺らいでいる状況の中で,果たして事業所得と雑所得の区別という基準をもって給付金の支給対象を画するべきか,という点には,大いに疑問がありえよう。税制の中の話としても揺らいでいる枠組なのに,他の制度に流用しようとするのは,無理があるように思われる。

おわりに

 以上,持続化給付金制度をめぐる議論を前提に,所得分類制度について論じてきた。所得分類制度は,所得の稼得形態ごとに異なる担税力に応じて課税方法を定めるためのものだと説明されてきたこと,しかし,近時,この枠組が揺らぎつつあることを整理した。そのうえで,持続化給付金の支給対象を所得税法上の所得分類で画することについては,従来的な理解に基づいても非常に煩雑な仕組みだし,そもそも従来的な理解が揺らいでいるので妥当ではないのではないか,と論じた。
 なんだか,自説を垂れ流すような形の記事になってしまい,でも疑問を呈するだけで自説を最後まで論じることはできていなくて,反省している。私の自説はどうでも良いので(こんな中途半端な形ではなくて,しっかりと論文として論じるべきだろう),所得分類制度をどう理解するにせよ,今回の給付の有無を所得税法上の所得分類で画するのはおかしいのではないか,という論旨だけでも何となく受け取っていただけると大変嬉しく思う。

(2020年5月14日追記)

 一昨日,持続化給付金の支給対象を事業所得者から緩和する方針であると経産相が会見していた。
www.meti.go.jp
 望ましい方向性であろうと思う。

*1:なお,当初の想定から少し論旨はずれている。後述する従来の通説の揺らぎを書こうとしていたが,素材を変更した。もしかしたら,こちらの話をしない方が今回の素材についての論旨は明確かもしれないが,一応の拘りとして書いておく。

*2:なお,給付規定については,こちらを参照(pdfにつき注意)。4条において,所得税法が参照されている。

*3:なお,酒井教授は,所得分類制度の改革論を盛んに論じている(酒井克彦「所得税法上の所得区分の在り方」税法学579号(2018年)207頁のほか,雑誌税理における「所得税法上の所得区分等の在り方」の連載を参照)。この意見も,これらの研究を前提として論じているものと思われる。

*4:金子宏『租税法[第23版]』(弘文堂,2019年)218頁。なお,以下ではこの通説について疑問を呈するが,このような考え方は金子教授特有のものではなく,税法学において一般に共有されている考え方だと認識している。したがって,金子説がおかしいという論旨ではないことに注意されたい。

*5:金子・前掲注(4)218~219頁参照。なお,この考え方も,金子教授特有のものではなく,税法学全体である程度共通する見解だと認識している。

*6:楡井誠「判解」最高裁判所判例解説刑事篇平成27年度(2017年)106~107頁参照。

*7:ギグワーカーに対する課税について,オンラインで読める文献として,森信茂樹「シェアリングエコノミー,ギグエコノミーと税・社会保障」『働き方改革と税・社会保障のあり方』(東京財団政策研究所ウェブサイト,2019年)(pdfにつき注意)15頁参照。また,事業所得と給与所得の区別に関する近時の文献として,渕圭吾「働き方の変化と租税法」民商法雑誌156巻1号(2020年)32頁参照。なお,ギグワーカーの課税関係について論じた米国の文献として,See Kathleen Delaney Thomas, Taxing the Gig Economy, 166 U. PA. L. REV. 1415 (2018); Kathleen Delaney Thomas, The Modern Case for Withholding, 53 U.C.D. L. REV. 81 (2019).

*8:2点付言する。まず,私は,「フリーランスは収入が不安定である」という事実を述べたのみであり,「元々収入が不安定なのだから,国家はフリーランスの収入の減少を放置しても良い」と述べているわけではない。また,ここでの議論には,フリーランスのに何かレッテルを貼る意図はない。あくまで,収入が不安定なことが多いよね,という事実を述べているだけのつもりである。仮に,ここでの議論によって何か侮辱されたと感じた方がいれば,ぜひ指摘してもらいたい。すぐに訂正し,お詫びする。

*9:大学教員の講師料は給与所得に該当するとした裁判例として,京都地判昭和56年3月6日行裁32巻3号342頁参照。なお,この事件の原告は,大嶋訴訟(最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)で有名な大嶋(大島)正氏である。

*10:一応,列挙されている要素を注には書いておく。「当該経済的行為の営利性,有償性の有無,継続性,反覆性の有無のほか,自己の危険と計算による企画遂行性の有無,当該経済的行為に費した精神的,肉体的労力の程度,人的,物的設備の有無,当該経済的行為をなす資金の調達方法,その者の職業,経歴及び社会的地位,生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か」が要素とされている。あくまで,個々の所得稼得行為ごとに,実態を見て判断をする,ということである。

*11:前掲注(2)4,7条参照。

コロナウイルスの問題から税法を考える② お酒はなぜ自由に売れないのか

はじめに

 コロナウイルスの問題から税法を考える企画の2回目である。当初想定していた2回目のテーマとは違うのだが,今回は,酒類の販売免許制度について書きたいと思う。酒税について研究したことはほとんど無いのだが*1,今回の素材を通じて勉強していきたい。

素材にしたいこと:高度数のお酒の転売について

 いわゆる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として,手指の消毒用のアルコール液の需要が高まっている。本来の消毒液はかなり品薄になってきているが,酒造会社が高濃度の(消毒液とししても使える)酒類を販売する動きが始まっている。例えば,下記記事参照。
https://kurand.jp/blogs/news/388861526071kurand.jp
 このように販売された高濃度の酒類だが,高額で転売する者が出てきているようだ。このような転売行動に対し,酒税法違反ではないかという意見がある。
nlab.itmedia.co.jp

 酒税は,酒造会社に対して,出荷した時点でのみ課される(酒税法(昭和28年法律第6号,以下「法」という)22条,「蔵出し課税」という)。そのため,高額転売をしている者であっても,酒税を脱税しているわけではない。では,なぜ酒を高額で転売することが酒税法違反になりうるのだろうか。

お酒の販売免許とは?

お酒を売るには税務署が発行する免許が必要

 結論は,酒類を事業として販売するには免許が必要だからである。以下に,その旨を定めた条文を引用する(下線は藤間)。

 酒類の販売業又は販売の代理業若しくは媒介業(以下「販売業」と総称する。)をしようとする者は,政令で定める手続により,販売場(継続して販売業をする場所をいう。以下同じ。)ごとにその販売場の所在地(販売場を設けない場合には、住所地)の所轄税務署長の免許(以下「販売業免許」という。)を受けなければならない。ただし,酒類製造者がその製造免許を受けた製造場においてする酒類(当該製造場について第七条第一項の規定により製造免許を受けた酒類と同一の品目の酒類及び第四十四条第一項の承認を受けた酒類に限る。)の販売業及び酒場,料理店その他酒類をもつぱら自己の営業場において飲用に供する業については、この限りでない。

酒税法9条1項

 おそらく,高度数のアルコールを転売している者はこの免許を受けていないことから,上記の記事のように,酒税法違反の疑いはぬぐい去れない。ただし,下線を付したように,この免許は,事業として酒類を販売する場合にのみ要求される。そのため,「何度も継続して出品」している場合にのみ問題となる,と上記の記事における国税庁のインタビューでは述べられているのであろうと思われる*2。なお,この免許を受けずに酒類の販売業をした者には,1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される(法56条1項1号)。

なぜ免許が必要なのか:酒類販売免許制度合憲判決

 ただし,この免許制度は,憲法に違反するのではないか,という批判にさらされてきた。この免許の申請を納税者がした場合,税務署長が,一定の要件に該当する場合には,免許を与えないことができるほか(法10条),既に与えた免許を取り消すことができる(法14条)。これらの規定が職業選択の自由(憲法22条1項)に反するものではないか,という点が問題となってきた。特に,「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(法10条10号)に税務署長が免許を与えないまたは取り消すことができる点が,しばしば論じられてきた。
 この点が争われた判例として,平成4年の最高裁判例がある*3。同判決では,「酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から」酒類の販売免許制度が設けられている,と制度趣旨を述べたうえで,以下のような理由から,販売免許制度は憲法に違反しない,と判示している(下線は藤間)。

 酒税が,沿革的に見て,国税全体に占める割合が高く,これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売代金に占める割合も高率であったことにかんがみると,酒税法が……酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のために,このような制度を採用したことは,当初は,その必要性と合理性があったというべきであり,酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため,酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で,これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって酒類の流通過程から排除することとしたのも,酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。その後の社会状況の変化と租税法体系の変遷に伴い,酒税の国税全体に占める割合等が相対的に低下するに至った本件処分当時の時点においてもなお,酒類販売業について免許制度を存置しておくことの必要性及び合理性については,議論の余地があることは否定できないとしても,前記のような酒税の賦課徴収に関する仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいえないと考えられることに加えて,酒税は,本来,消費者にその負担が転嫁されるべき性質の税目であること,酒類の販売業免許制度によって規制されるのが,そもそも,致酔性を有する嗜好品である性質上,販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われてもやむを得ないと考えられる商品である酒類の販売の自由にとどまることをも考慮すると,当時においてなお酒類販売業免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が,前記のような政策的,技術的な裁量の範囲を逸脱するもので,著しく不合理であるとまでは断定し難い。

 以上のように,酒類の販売免許制度は,「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」のために必要なもの,とされている。
 この判示を少し説明する。上記のように,酒税は,蔵出しの時点で酒造会社に対して課される。ただし,酒税は間接税であり,最終的な消費者(飲んだ人)が負担することが予定されている。消費者が酒税を負担するには,酒造会社は販売会社に対する売上に酒税額を転嫁し,販売会社は消費者に対する売上に酒税額を転嫁することが制度上必要である。そのため,販売会社が酒造会社に対して適正に酒税の額を支払えるよう,一定の要件を設けることが必要である,ということになる。
 もっとも,この説明がはたして説得的なものか,疑問の余地はある。また,下線を付した部分で述べられるように,酒税の歳入における割合は,酒税法が制定された昭和28年に比してかなり減少しており*4,はたして現行の販売免許制度を維持する必要があるのか,最高裁の判示においても若干の逡巡が見られる*5
 

販売免許制度による安売り規制

 以上のように最高裁はこの制度の合憲性をある程度迷いつつ述べていたが,平成28年の改正によって(平成28年法律第57号),法14条4号が設けられ,販売免許制度はむしろ厳格化した。この規定は,正当な理由なく赤字で酒類を販売した事業者や(酒類の公正な取引に関する基準2(1)),「自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある取引」をした事業者について(同(2)),「公正な取引の基準」(酒類業組合法86条の4)を遵守していないものとして税務署長が販売免許を取り消すことができる旨を定めている。
 この規定が設けられた趣旨は,安売りをする大手の酒類販売業者に勝てない街の酒屋さんを救うためである,とされている(下記記事参照)。
gendai.ismedia.jp
 しかし,上記の判例が述べている「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」に,街の酒屋さんの保護が果たしてどのように関係するのか,あまり明らかではない。

おわりに―今回の転売を免許制度違反で罰するべきか―

 以上,酒類の販売免許制度についてまとめてきた。最高裁判所によって「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」のための制度であるから合憲だ,と(少し逡巡しながらも)論じられていること,近時の改正がこの制度趣旨とどう整合するのかはあまり明らかではないことを論じてきた。
 では,以上の点をもとに,今回のアルコールの転売について,仮に反復継続して行っている者がいたとした場合,販売免許が無いことをもって罰することが販売免許制度の趣旨に適合するか,という点を最後に考えてみたい。最高裁が述べるように「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」の制度として販売免許制度を捉えるならば,これは罰するべきではないように思われる。なぜなら,転売をする者は,むしろ買い占めることで販売店の売上に貢献しているのであって,酒税の転嫁を何ら妨げていないから,である*6。一方,近時の改正が最高裁の判示との整合性があまり明らかではないことから,他の趣旨を読み解くことはできるかもしれない。特に,安売り規制のために新たな規制を設けていることからすれば,「酒類が適正な価格で販売されること」が,販売免許制度の趣旨として読み解ける,と述べることができるかもしれない。そうすると,高額な転売の規制のために販売免許制度を利用することは,大いにありうることになる*7
 私見を述べれば,販売免許制度は,あくまで酒税法上の制度であり,税務署長が付与や取消しを行うことからすれば,仮に合憲な制度として解するならば,やはり酒税の徴収のための制度として捉えるべきではないかと思われる。したがって,高額な転売の規制のために販売免許制度を用いることは制度趣旨には反するのではないか,と思われる。酒類の高額な転売が社会として望ましくないのであれば(おそらく望ましくないだろう),酒類の販売免許制度を用いるのではなく,別の規制を行うべきであろう。

(2020/5/11追記)
 この記事の内容についてお話しした音声を,岡山大学の小塚真啓先生主催のTax Law Foundationのアカデミック・コモンズにおいて公開していだきました。かなりとりとめのない話をしてしまったのですが,パーソナリティおよび編集をしてくださった堀治彦さんのお力で,とても上手くまとめていただきました。ぜひこちらの記事を見ながらお聞きいただけると,大変嬉しく思います。

anchor.fm

(2020/5/20追記)
 アルコール消毒液とあわせ,高濃度の酒類の転売についても罰則を設けて規制する方向のようです。このような制度ができる以上,この記事で書いたように,酒類販売免許制度を転売規制に用いることはあまり望ましくない(そちらに任せるべき)ように思われます。
www3.nhk.or.jp

*1:なお,私の師匠である三木義一は,酒税制度と憲法の関わりを昔から研究している。『うまい酒と酒税法』という本を書いているほか,博士論文である『現代税法と人権』においても,酒税制度についていくらかの章を設けて検討している。また,最近の書籍として,『税のタブー』(インターナショナル新書,2019年)でも,酒類の販売免許の問題を取り上げて論じている。この記事を読んで興味を持ったり,私の記事がわかりにくいと感じたら,ぜひこれらの文献を読んでみてほしい。

*2:同様の解釈を示している通達として,酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達9条1参照。なお,同条では「営利を目的とするかどうか又は特定若しくは不特定の者に販売するかどうかは問わない」とされていることには注意が必要であろう。

*3:最判平成4年12月15日民集46巻9号2829頁。このほか,最判平成10年3月24日刑集52巻2号150頁がある。

*4:令和元年度当初予算では,租税歳入のうち酒税の占める割合は2.1%である。国税庁レポート20199頁参照。

*5:なお,同判決の背景については,三木義一「税務訴訟とその背景」青山法学論集61巻4号(2020年)467頁において論じられている。

*6:仮に転売が失敗した場合には,消費者は酒税額を負担できないことになるが,転売者がむしろ酒税額を負担するのであるから,これは何ら問題ではなかろう。

*7:もっとも,「高額な転売」とは何だ,という問題は生じるだろう。

コロナウイルスの問題から税法を考える① あなたは所得税を納めていますか?

はじめに(この企画の趣旨など)

 今回から,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大の問題から税法を考える記事を書きたいと思う。次に書きたい素材は決まっているのだけれど,書く時期は決めていないし,その後の素材はまだ考えていない。もしかしたら今回で終わりかもしれないので,番号は付さずにおく(次の記事が書けたら番号をつけるかもしれない)。
 記事の趣旨としては,COVID-19の問題で何か税制が劇的な変動を受けるだろうとか,どう変革すべきかとか,そういう関心で書くのではない。どちらかというと,税法に関する一般的な議論を,この問題を素材に書いてみよう,という,そういう関心で書く。

素材にしたいこと:休校対応助成金の適格性について

 コロナウイルスによる経済の停滞によって所得が減少した者に,休業補償を行う動きがある。本日行われた小池百合子都知事の下記の会見でも,休業補償について言及があった。

www.youtube.com

 一般的ないわゆる休業補償や損失補填に政府は消極的なようだが,既に導入された措置として,小学校等に通う子供が休校したことにより仕事が減少したフリーランスの保護者に対する助成金制度がある*1

www.mhlw.go.jp

 この制度だが,当初,対象とするフリーランスの業種について一定の制限を設けていることが話題となり,議論となった(結果として業種の制限は無くなった)。その際,以下の意見があった旨報道されている(下線は藤間)。

 ずいぶんもの分かりよすぎる政権だという気がする。ソースがどこまで信用できるかは不明だが、ある記事で、風俗嬢が確定申告している割合は1%以下というものを目にした。休業補償は当然税金から捻出されるものであり、納税をしていない人間が対象になるのは納得できない

【襲来!新型コロナウイルス】ホステスや風俗嬢にも「休業補償」ってアリか? 「職業で差別するな!」「税金納めてないからダメ!」と大激論: J-CAST 会社ウォッチ

 上記の下線を付した,「確定申告で納税をしていない人間は休業補償の対象となるべきではない」という見解,もう少し一般化すれば,「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という言説の当否を今回の素材としたい。

納税は行政サービスの受給資格の対価か?

 上記のような言説は,今回の騒動が初出ではない。むしろ,何か危機が起きた際には,しばしば湧いてくる言説だと言って良い。例えば,昨年の台風19号による被害に際して,台東区がいわゆるホームレスの方を避難所で受け入れ拒否した際に,同様の言説があった旨下記のように報道されている*2。このような言説は,私は妥当ではないと考えている。以下にその理由を述べる。

news.livedoor.com

租税は何の対価でもないと最高裁は言っている

 税とは何だろう。答えは人によって違うだろう。ただ,ある程度一般的な定義として,最高裁判決では以下のように述べられている(下線は藤間)。

 国又は地方公共団体が,課税権に基づき,その経費に充てるための資金を調達する目的をもって,特別の給付に対する反対給付としてでなく,一定の要件に該当するすべての者に対して課する金銭給付は,その形式のいかんにかかわらず,憲法84条に規定する租税に当たる
(旭川国民健康保険料事件上告審判決(最判平成18年3月1日民集60巻2号587頁*3))

 上記の下線を付した部分で述べられるとおり,租税は,特別の給付に対する反対給付ではないという性質,すなわち非対価性を持つとしばしば説明される*4
 上記の意義に照らせば,行政サービスを受ける資格の対価として租税を捉える見方は妥当ではない,と論じることができるように思われる。
 もっとも,最高裁判所の言うことなんて知らんよ,という人もいるかもしれない。租税を行政サービスの対価として捉えたら何が困るのだろう。以下では,実際にどのような弊害が生じるのか,考えてみたい。

都営地下鉄が停まってしまう

 租税は行政サービスの対価である,または対価でありうるとしよう*5。そうすると,租税の意義が広がり,これまで租税とは考えて来られなかったようなものが租税に含まれてくる。その一例が,都営地下鉄の運賃である。
 都営地下鉄の運賃を租税だと捉える人はあまりいないだろう。ただ,上記の最高裁が言っている定義からすると,対価ではない,というところを抜きにしてしまうと,かなり当てはまってしまう。国家が課すものではないが,地方公共団体が課すものではある。課税権に基づくものかどうかは微妙だが(とはいえ,「税とは課税権に基づくものである」はなかなかなトートロジーである),都営地下鉄の維持などの経費に充てるための資金を調達する目的をもっているし,乗客という一定の要件に該当するすべての者に課されるし,金銭給付でもある(大根で運賃を支払いたいと言っても,券売機に大根は入らないだろう)。租税に該当する,という意見が説得力を持ってきてしまう。
 そうすると,どうなるか。おそらく,今の都営地下鉄の運賃の決め方は憲法違反になろう。なぜなら,都営地下鉄の運賃は,条例レベルでは範囲しか定めておらず(東京都地下高速電車条例(昭和35年条例第94号)3条),管理者にその範囲内で運賃を決めることが認められているからである。仮に租税であったら,このような定めは租税法律主義(憲法84条)または地方税条例主義に違反するものとして,許されないだろう。少なくとも,金額の範囲だけ決めて後は執行に任せている租税など,日本にはおそらく存在しない。
 つまり,租税が対価性を持つまたは持ちうるものだと捉えると,都営地下鉄の運賃の定めが憲法に違反してしまうように思われる。そうなったら,運賃を払ってもらうことができなくなってしまい,都営地下鉄は運航を停めてしまうだろう。
 

多くの日本の納税者には日本の行政サービスを受ける資格が無い?

 いや知らんわ屁理屈を述べるな,と思ったかもしれない。あるいは,公営の鉄道はうちの地方には無いから関係無いよ,と思ったかもしれない。では,もう一点問うてみたい。それは,あなたを含む日本の納税者は所得税を納めているだろうか,ということである。
 例えば,あなたは,「毎月の給料から所得税を天引されている」と述べるかもしれない。ただ,残念ながら,給料から天引される所得税(源泉所得税)は,あなたが納めるべき所得税ではない。ただ単に,勤め先の会社などの支払者が支払うべき税金にすぎない。最高裁判所も,以下のように述べている。

 所得税法上,源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ,……その納税義務は,当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立,確定し,これと並存するものであり……源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じない
(日光貿易事件上告審判決(最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁)*6

 上記の判示の「所得の支払者」「支払者」を会社,「受給者」を労働者と置き換えれば分かりやすい。つまり,毎月天引される所得税は,会社が支払うべき税金にすぎず,あなた自身が納めるべき所得税の額とは何の関係もないのである。したがって,天引されていることは所得税を納めていることの証左にはならない。
 ただ,給与所得を得ているのみの人であっても,源泉徴収で所得税の課税関係は終わらない。確定申告の手続が年明けにある場合があるからである。その段階で源泉徴収税額を控除したうえで所得税を納めている人は当然いる。
 しかし,確定申告をしているといっても,それで税を納めているとは限らない。なぜなら,源泉徴収された税額の方が申告で納めるべき税額よりも多い場合などの場合には,還付を受ける,すなわち所得税を払うのではなくむしろ税額を返金してもらう場合があるからである*7(所得税法122条1項)。そして,日本で確定申告をする納税者の半数超は,還付申告をしている。2018年分の統計では,申告をした納税者のうち1,306万人が還付申告をしており,確定申告で税額を納めた納税者は638万人にすぎない*8
 また,確定申告をせず,年末調整を勤務先から受ける人もかなりいる。2018年分の統計では,年末調整を受けている納税者は4,540万人である*9。しかし,年末調整も支払者に対して課される義務にすぎず(所得税法190条),源泉徴収税額よりも申告所得税額の方が多くても支払者が徴収納付をするのみであり(所得税法192条),源泉徴収税額の方が多ければ翌月以降の所得税に充当される(所得税法191条,天引額が減る)。年末調整をされていても,会社と国の間で源泉徴収税額を調整するだけであって,自分が所得税を納めていることにはならない。
 以上の最高裁が述べる法律論(会社から天引される所得税は自分が支払うべき所得税とは全く別のものである)および統計データを前提とすると*10,日本で所得税を納めていると言えるのは,確定申告をしている人のうち納税申告をしている638万人にすぎない。源泉徴収と年末調整だけを受けている人や,確定申告をしても還付を受けている人は,平易さのためにあえて乱暴な言い方をすれば,全く所得税を納めていないと言えるだろう。そして,この事実と「所得税を納めていない人には公共サービスを受ける資格が無い」という意見をあわせれば,日本で公共サービスを受ける資格があるのは,2018年は638万人に過ぎないことになる。はたしてあなたはこの中に入っているだろうか*11

おわりに

 以上,コロナウイルスの問題から,所得税と行政サービスの関係性について考えてみた。「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という見解があることを素材として,そのような見解は最高裁判所の判示と整合しないこと,そのような見解を前提にすると都営地下鉄が停まってしまうこと,そしてそのような見解を前提にすると日本で公共サービスを受ける資格があるのは638万人にすぎなくなってしまうことを論じた。したがって,「所得税の納税は行政サービスを受ける資格の対価である」という見解は妥当ではないように思われる。
 租税は,どんなものの対価でもない*12。一方的かつ強制的に国家や地方公共団体から徴収されるものである。いち個人の損得勘定としては,かなり不合理なものだ,と言ってしまって良いだろう。一方,公共サービスを成り立たせるなどの目的のために,大きな視点では,(国家の存在や一定規模以上の国家の活動を前提とすれば)必要なものでもある。税がそんな割り切れない存在だからこそ,私たちは,公平な税負担とは何か,どんな税制が経済活動に対して中立か,ということを真剣に考えなければならないのだろうと思う。

(2020/4/18追記)

 昨日頃から,日本に住む全ての人に,申請に基づき,10万円を給付する政策を検討している旨の報道がされている。安倍首相の昨晩の会見でも,そのように方針転換をした旨の説明があった。NHKの下記報道では,住民基本台帳へ記載されていれば,国籍等を問わずに給付する方針のようだ。
www3.nhk.or.jp
 この点,支給対象を絞るべきではないか,という議論もある。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020041700707&g=polwww.jiji.com
 本稿の議論をこの話に援用してもらっても構わない。支給対象を絞るべきかどうか,という点について,「所得税を納税していないから」支給対象から外すべきだ,という議論は妥当ではない。もっとも,10万円の給付が望ましいか,申請に基づく給付とすべきか,給付対象を住民基本台帳に記載されていることで画するべきか,などの点については,何も述べていないことに注意されたい。

*1:厚労省ウェブサイトにおけるQ&Aはこちら(pdfにつき注意)。

*2:なお,下記の記事にあるように,台東区は,税負担の有無に着目したものではない旨説明している。

*3:裁判所の裁判例情報にリンクが貼れなくなっていたので,リンクは今後貼らない。この判決は裁判所のウェブサイトから閲覧できる。

*4:金子宏『租税法[第23版]』(弘文堂,2019年)11頁,三木義一編著『よくわかる税法入門[第14版]』(ゆうひかく選書,2020年)11~20頁[奥谷健執筆部分]参照。なお,本務校の原則入構禁止措置に伴い,税法のテキストは主にこの2冊だけ持って帰ってきているので,しばらくこの2冊からの引用が目立つと思う。ご容赦いただきたい。

*5:実は,かつては,国鉄の運賃を租税と捉える考え方もあったりした。対価性に着目しない意見につき,旭川国保事件の評釈である小塚真啓「判批」法學論叢165巻2号(2009年)129~130頁参照。

*6:この判決は裁判所のウェブサイトから閲覧できる。

*7:源泉所得税と申告所得税は別個のものなのだけれど,源泉所得税の額の方が申告所得税よりも多ければ,なぜか返金をしてもらえる。不思議なようにも思うのだが,今の判例通説はそういう立場である。とはいえ,寄附金控除や医療費控除など,税金ではないものを支払って還付を受けられる例は,珍しいわけでもない。

*8:国税庁レポート2019(pdfにつき注意)71頁。

*9:平成30年分民間給与実態統計調査参照。

*10:もっとも,「源泉所得税は申告所得税とは全く別のものである」という最高裁の捉え方に,個人的には少し疑問があるし,学説上も異論は少なくない。一般的な見方としても,源泉所得税は本来支払うべき所得税の分割払いや前払いというイメージを持っている人が多いのではないかと思う。

*11:ちなみに,私は毎年還付申告をしているので,入っていない。

*12:もっとも,「租税は文明の対価である(Taxes are what we pay for a civilized society)」という,米国の最高裁判事であるHolmesが述べた有名な格言がある。このブログのタイトルも,その格言からもらっている。税が市民社会なるものの対価だとするなら,私たちは何に対して税金を払っているのだろう,ということを考えて,私はこのブログのタイトルをつけた。

「消費者問題と債務免除益課税」が公開されました。&来年度のこと。

 本日発行された青山法学論集61巻4号(三木義一教授・菊池純一教授・土橋正教授退職記念号)に,執筆した「消費者問題と債務免除益課税―貸与型奨学金およびクレジットカード債務の減免に関する課税問題を検討対象として―」が掲載されました。

 以前執筆した「貸与型奨学金と債務免除益課税」(青山ローフォーラム6巻2号(2018年)153頁)で論じた米国の貸与型奨学金の減免と債務免除益課税の問題についてその後のトランプ税制改革(TCJA)で行われた法改正をフォローしたほか,クレジットカード債務の減免と債務免除益課税の問題についての米国の裁判例を論じたうえで,2つの議論から日本法において得られる示唆を論じました。消費者問題と債務免除益課税がなぜ関わるのか,また,米国と比して日本であまり問題になっていないのはなぜか,という点も論じたりしています。
 ぜひご笑覧いただけますと幸いです。リポジトリ公開され次第,リンクを貼っておきます。

 今回発行された青山法学論集は,タイトルのとおり,昨年までの指導教員である三木義一先生の退職記念号でした。このような場に執筆の機会を賜り,とても光栄でした*1
 同号には,錚々たる先生方が論文等を寄せられています。税法の論文に限っても,同志社大学の占部裕典先生「特別土地保有税の課税停止と徴収猶予に係る法的紛争」を書かれているほか(99頁),青山学院大学の木山泰嗣先生「経済的成果をめぐる税法解釈のあり方」を書かれています(245頁)。また,少し変わった文献として,三木先生ご自身が,「税務訴訟とその背景」として,意見書を書かれるなど関わった税務訴訟の裏側について書かれています(467頁)。
 雑誌も,ぜひお手に取っていただけますと嬉しく存じます。

 今年度の研究活動は,これでひと段落となります。学会報告や判例研究など,夏休みにかなり頑張った一年でした。博士後期課程を出た後も講義をしながらある程度研究を遂行できたことは良かったと感じています。
 来年度(来月)からは,神奈川大学法学部に税法担当の助教として赴任することになりました(青山学院大学でも非常勤講師を続けます)。一気に責任が重くなりてんやわんやしております。コロナウイルス感染拡大の影響で授業開始が1ヶ月延びたのですが*2,しっかりとスタートダッシュを決められるよう,今から準備をしておきたいと存じます。
 今後とも藤間大順およびこのブログをよろしくお願いします。

(2020/6/28追記)
 青山学院大学のリポジトリにて「消費者問題と債務免除益課税」が公開されました。ご笑覧いただけますと幸いです。
www.agulin.aoyama.ac.jp

*1:個人的には,師匠の論じてきた領域とからめて書きたいと思っていたのですが,なかなかうまくいかず,結局自分の領域の中での論文を書くことになりました。もっとも,受けてきたご指導を形にして贈るという意味では,これで良かったのかもしれないとは思っています。またリベンジしたいです。

*2:こちらの神奈川大学ウェブサイト参照。

新型コロナウィルス対策の返済免除特約付き緊急小口資金制度と債務免除益課税

 2月に書くことができず,久しぶりのブログとなってしまいました。

 さて,書くまでもないところですが,昨今,いわゆる新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い,様々な問題が生じています。
 私が非常勤職をしている青山学院大学でも*1,4月の授業開始を遅らせる旨の通知がされました(2020年4月1日追記:最新のアナウンスに改訂しました)。

www.aoyama.ac.jp


 日本経済も,大きな影響を受けているようです。正規雇用で働いている方(いわゆるサラリーマン)もリモートワークの導入など色々と影響を受けている一方,それ以上に,フリーランスの方が大きく影響を受けていると言われています。下記記事で述べられるとおり,仕事がダイレクトに無くなるからです。実際,私は趣味で合唱をしているのですが,合唱指導や合唱指揮で生計を立てているフリーランスの方は,コンサートの中止などによってかなり困窮している旨聞いています。

bunshun.jp

 そんな困っているフリーランスの方に向けて,緊急小口資金等の特例貸付という制度を拡大することが決まったようです*2。厚労省の下記ウェブサイトを参照。

www.mhlw.go.jp

 さて,上記厚労省ウェブサイトのpdfファイルの2枚目の下の方に小さく書いてあるのですが,「今回の特例措置では新たに,償還時において,なお所得の減少が続く住民税非課税世帯の償還を免除することができることと」するようです。つまり,原則として将来返してもらうお金だけれど,一定の経済的状況にある人は返還を免除することができるように制度を変えるようです。
 個人が借りたお金を返さなくても良くなった場合に,所得税がかかる場合があります。債務免除益課税,という分野です。私の博士後期課程在学中の研究テーマでしたし,今後とも研究を進めていきたい分野だと思っています。例えば,下記の法令解釈通達の規定を参照。

36-15 法第36条第1項かっこ内に規定する「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」(以下36-50までにおいて「経済的利益」という。)には、次に掲げるような利益が含まれる。

((1)ないし(4)略)

(5) 買掛金その他の債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額又は自己の債務を他人が負担した場合における当該負担した金額に相当する利益

〔経済的利益〕|国税庁

 今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか,というのが,この記事の根本的な関心です。

 原則として,上記の通達が述べるとおり*3,個人が得た債務免除益は,経済的利益として,原則として所得税の課税対象になります。
 ただし,例外として,債務免除益に所得税が課せられない(非課税となる)場面があります。例えば,貸与型奨学金の返還免除を受けた場合には,「学資に充てるため給付される金品」(所得税法9条1項15号)として,所得税が課せられないものと一般的に取り扱われています*4
 貸与型奨学金については,債務免除益に限らない学費の補償なども含めた規定の対象に債務免除益を含めて非課税にしているわけですが,債務免除益に特化して所得税を非課税にしている規定もあります。所得税法44条の2です。少し長いですが,1項を下記に引用します(下線は私が付しました)。

居住者が,破産法(平成十六年法律第七十五号)第二百五十二条第一項(免責許可の決定の要件等)に規定する免責許可の決定又は再生計画認可の決定があつた場合その他資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合にその有する債務の免除を受けたときは,当該免除により受ける経済的な利益の価額については,その者の各種所得の金額の計算上,総収入金額に算入しない。

 おそらく,この規定の適用の可否が,「今回の緊急小口資金等の特例貸付に伴う償還免除についても債務免除益課税がされてしまうのだろうか」という問題を考えるにあたっては最も重要な問題になるのだろうと思われます*5。具体的には,下線を付した「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」に,「所得の減少が続く住民税非課税世帯」が全て当てはまるのか,という点が議論の対象となるように思われます。
 この点は,所得税法44条の2の要件の解釈論はまだまだ固まっているとは言い難い状況にあるので*6,なかなか議論をするのが難しいところです。私見とは違うのですが*7,さしあたり課税庁の通達の法解釈を書くと,「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合」とは,「破産法……の規定による破産手続開始の申立て又は民事再生法……の規定による再生手続開始の申立てをしたならば、破産法の規定による免責許可の決定又は民事再生法の規定による再生計画認可の決定がされると認められるような場合をいう」ものとされています(所得税基本通達44の2-1)。
 住民税非課税世帯である(世帯の所得額が一定以下である)というだけでは破産手続開始要件(破産法2条11項,15条,16条)や民事再生手続開始要件(民事再生法21条1項)をおそらく満たさないように思われます*8。したがって,上記の法令解釈通達の解釈に従う場合には,今回の特例貸付制度において償還免除を受けた,というだけでは債務免除益課税は回避できない(経済状況に応じて課税される人と課税されない人が出てくる)のではないか,と思われます。

 もっとも,上記の結論が正しい,そうあるべきだ,とは,私は思いません。今回の特例措置の趣旨から言って,今回の騒動で経済活動が上手くいっていない国民を国家が支援するものであるはずで,その支援によって得た経済的利益に課税するのは趣旨に反すると思われます*9
 したがって,現行の法律の解釈として上記の仮説が正しいのであれば,法改正によって,今回の償還免除によって生じる経済的利益を非課税と定めるべきではないか,と思われます*10。または,現行の法律の解釈として今回の償還免除で生じる債務免除益を非課税にでき,かつそうするのだとしても*11,国税庁として,そのような取扱いを明らかにしておくべきではないのかな,と思われます。

 以上,今回の騒動の対応策の結果として生じうるように思われる課税問題についての私見でした。
 今月はもう1記事書く予定でいます。お楽しみに!

*1:なお,来年度も非常勤職として勤める予定です。

*2:この制度ですが,生活困窮者自立支援法(平成25年法律第105号)に基づく「生活に必要な資金の貸付けのあっせん」(3条5項)である…ということで良いのでしょうか。蒙い分野なので,法的根拠についてご存知の方がいらしたらぜひご教示いただけますと幸いです。なお,この政策の是非(貸付けじゃなくて給付にすべきじゃないのかetc.)は,この記事の射程外です。

*3:なお,租税法律主義(憲法30,84条)から導かれる課税要件法定主義の要請により,課税庁が発する通達は国民が服する課税の根拠(法源)とは絶対になりません。通達に書いてあるから正しい,のではなく,通達に正しいことが書いてあるからこのとおりで良い,ことに注意してください。

*4:なお,私は,このような取扱いを批判し,新たな立法が必要だと論じています。藤間大順「貸与型奨学金と債務免除益課税」青山ローフォーラム6巻2号(2018年)153頁参照。

*5:なお,注2で付した根拠が仮に合っているとした場合には,公課の禁止規定(生活困窮者自立支援法20条)によって債務免除益課税は否定されるのではないか,との議論もありうると思います。ただ,この条文は明確に「生活困窮者住居確保給付金として支給を受けた金銭」に対する公課のみを禁じているのであって,貸付けのあっせんおよび償還免除の結果として生じた経済的利益を対象とした規定とは読めないのではないか,と私には思われます。もっとも,この規定を類推適用するのでいいじゃん,でも良いのかもしれません。一応,ここでは,この規定が使えない前提で話を進めます。

*6:以前,司法試験にこの問題が出題され,記事を書きました。こちらを参照。

*7:私見については,藤間大順「債務免除益課税の基礎理論(上)(下)」青山ビジネスロー・レビュー6巻1号(2016年)71頁同巻2号(2017年)29頁参照。

*8:私は倒産法が専門ではなく,教科書を流し読みした程度の知識しかないので,このあたり自信はありません。間違っていたらぜひご教示ください。

*9:なお,普遍的な給付に対して所得課税を行うことに反対するものではありません。今回の償還免除は,所得額一定以下の者のみが受ける,普遍的ではない(いわば救貧的な)措置なので,それに課税をするのはおかしい,ということです。普遍的な給付に対して所得課税を行うことは,累進税率と併せ,所得再分配という観点からは望ましいと評価することも可能です。

*10:例えば,注5で述べた公課の禁止規定の適用範囲を拡大する,という改正でしょうか。

*11:注5で述べたような類推適用をするのだとしても,というイメージです。