What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

コロナウイルスの問題から税法を考える② お酒はなぜ自由に売れないのか

はじめに

 コロナウイルスの問題から税法を考える企画の2回目である。当初想定していた2回目のテーマとは違うのだが,今回は,酒類の販売免許制度について書きたいと思う。酒税について研究したことはほとんど無いのだが*1,今回の素材を通じて勉強していきたい。

素材にしたいこと:高度数のお酒の転売について

 いわゆる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として,手指の消毒用のアルコール液の需要が高まっている。本来の消毒液はかなり品薄になってきているが,酒造会社が高濃度の(消毒液とししても使える)酒類を販売する動きが始まっている。例えば,下記記事参照。
https://kurand.jp/blogs/news/388861526071kurand.jp
 このように販売された高濃度の酒類だが,高額で転売する者が出てきているようだ。このような転売行動に対し,酒税法違反ではないかという意見がある。
nlab.itmedia.co.jp

 酒税は,酒造会社に対して,出荷した時点でのみ課される(酒税法(昭和28年法律第6号,以下「法」という)22条,「蔵出し課税」という)。そのため,高額転売をしている者であっても,酒税を脱税しているわけではない。では,なぜ酒を高額で転売することが酒税法違反になりうるのだろうか。

お酒の販売免許とは?

お酒を売るには税務署が発行する免許が必要

 結論は,酒類を事業として販売するには免許が必要だからである。以下に,その旨を定めた条文を引用する(下線は藤間)。

 酒類の販売業又は販売の代理業若しくは媒介業(以下「販売業」と総称する。)をしようとする者は,政令で定める手続により,販売場(継続して販売業をする場所をいう。以下同じ。)ごとにその販売場の所在地(販売場を設けない場合には、住所地)の所轄税務署長の免許(以下「販売業免許」という。)を受けなければならない。ただし,酒類製造者がその製造免許を受けた製造場においてする酒類(当該製造場について第七条第一項の規定により製造免許を受けた酒類と同一の品目の酒類及び第四十四条第一項の承認を受けた酒類に限る。)の販売業及び酒場,料理店その他酒類をもつぱら自己の営業場において飲用に供する業については、この限りでない。

酒税法9条1項

 おそらく,高度数のアルコールを転売している者はこの免許を受けていないことから,上記の記事のように,酒税法違反の疑いはぬぐい去れない。ただし,下線を付したように,この免許は,事業として酒類を販売する場合にのみ要求される。そのため,「何度も継続して出品」している場合にのみ問題となる,と上記の記事における国税庁のインタビューでは述べられているのであろうと思われる*2。なお,この免許を受けずに酒類の販売業をした者には,1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科される(法56条1項1号)。

なぜ免許が必要なのか:酒類販売免許制度合憲判決

 ただし,この免許制度は,憲法に違反するのではないか,という批判にさらされてきた。この免許の申請を納税者がした場合,税務署長が,一定の要件に該当する場合には,免許を与えないことができるほか(法10条),既に与えた免許を取り消すことができる(法14条)。これらの規定が職業選択の自由(憲法22条1項)に反するものではないか,という点が問題となってきた。特に,「その経営の基礎が薄弱であると認められる場合」(法10条10号)に税務署長が免許を与えないまたは取り消すことができる点が,しばしば論じられてきた。
 この点が争われた判例として,平成4年の最高裁判例がある*3。同判決では,「酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から」酒類の販売免許制度が設けられている,と制度趣旨を述べたうえで,以下のような理由から,販売免許制度は憲法に違反しない,と判示している(下線は藤間)。

 酒税が,沿革的に見て,国税全体に占める割合が高く,これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売代金に占める割合も高率であったことにかんがみると,酒税法が……酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のために,このような制度を採用したことは,当初は,その必要性と合理性があったというべきであり,酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため,酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税の負担の円滑な転嫁を実現する目的で,これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって酒類の流通過程から排除することとしたのも,酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた合理的な措置であったということができる。その後の社会状況の変化と租税法体系の変遷に伴い,酒税の国税全体に占める割合等が相対的に低下するに至った本件処分当時の時点においてもなお,酒類販売業について免許制度を存置しておくことの必要性及び合理性については,議論の余地があることは否定できないとしても,前記のような酒税の賦課徴収に関する仕組みがいまだ合理性を失うに至っているとはいえないと考えられることに加えて,酒税は,本来,消費者にその負担が転嫁されるべき性質の税目であること,酒類の販売業免許制度によって規制されるのが,そもそも,致酔性を有する嗜好品である性質上,販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われてもやむを得ないと考えられる商品である酒類の販売の自由にとどまることをも考慮すると,当時においてなお酒類販売業免許制度を存置すべきものとした立法府の判断が,前記のような政策的,技術的な裁量の範囲を逸脱するもので,著しく不合理であるとまでは断定し難い。

 以上のように,酒類の販売免許制度は,「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」のために必要なもの,とされている。
 この判示を少し説明する。上記のように,酒税は,蔵出しの時点で酒造会社に対して課される。ただし,酒税は間接税であり,最終的な消費者(飲んだ人)が負担することが予定されている。消費者が酒税を負担するには,酒造会社は販売会社に対する売上に酒税額を転嫁し,販売会社は消費者に対する売上に酒税額を転嫁することが制度上必要である。そのため,販売会社が酒造会社に対して適正に酒税の額を支払えるよう,一定の要件を設けることが必要である,ということになる。
 もっとも,この説明がはたして説得的なものか,疑問の余地はある。また,下線を付した部分で述べられるように,酒税の歳入における割合は,酒税法が制定された昭和28年に比してかなり減少しており*4,はたして現行の販売免許制度を維持する必要があるのか,最高裁の判示においても若干の逡巡が見られる*5
 

販売免許制度による安売り規制

 以上のように最高裁はこの制度の合憲性をある程度迷いつつ述べていたが,平成28年の改正によって(平成28年法律第57号),法14条4号が設けられ,販売免許制度はむしろ厳格化した。この規定は,正当な理由なく赤字で酒類を販売した事業者や(酒類の公正な取引に関する基準2(1)),「自己又は他の酒類業者の酒類事業に相当程度の影響を及ぼすおそれがある取引」をした事業者について(同(2)),「公正な取引の基準」(酒類業組合法86条の4)を遵守していないものとして税務署長が販売免許を取り消すことができる旨を定めている。
 この規定が設けられた趣旨は,安売りをする大手の酒類販売業者に勝てない街の酒屋さんを救うためである,とされている(下記記事参照)。
gendai.ismedia.jp
 しかし,上記の判例が述べている「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」に,街の酒屋さんの保護が果たしてどのように関係するのか,あまり明らかではない。

おわりに―今回の転売を免許制度違反で罰するべきか―

 以上,酒類の販売免許制度についてまとめてきた。最高裁判所によって「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」のための制度であるから合憲だ,と(少し逡巡しながらも)論じられていること,近時の改正がこの制度趣旨とどう整合するのかはあまり明らかではないことを論じてきた。
 では,以上の点をもとに,今回のアルコールの転売について,仮に反復継続して行っている者がいたとした場合,販売免許が無いことをもって罰することが販売免許制度の趣旨に適合するか,という点を最後に考えてみたい。最高裁が述べるように「酒税の適正かつ確実な賦課徴収」の制度として販売免許制度を捉えるならば,これは罰するべきではないように思われる。なぜなら,転売をする者は,むしろ買い占めることで販売店の売上に貢献しているのであって,酒税の転嫁を何ら妨げていないから,である*6。一方,近時の改正が最高裁の判示との整合性があまり明らかではないことから,他の趣旨を読み解くことはできるかもしれない。特に,安売り規制のために新たな規制を設けていることからすれば,「酒類が適正な価格で販売されること」が,販売免許制度の趣旨として読み解ける,と述べることができるかもしれない。そうすると,高額な転売の規制のために販売免許制度を利用することは,大いにありうることになる*7
 私見を述べれば,販売免許制度は,あくまで酒税法上の制度であり,税務署長が付与や取消しを行うことからすれば,仮に合憲な制度として解するならば,やはり酒税の徴収のための制度として捉えるべきではないかと思われる。したがって,高額な転売の規制のために販売免許制度を用いることは制度趣旨には反するのではないか,と思われる。酒類の高額な転売が社会として望ましくないのであれば(おそらく望ましくないだろう),酒類の販売免許制度を用いるのではなく,別の規制を行うべきであろう。

(2020/5/11追記)
 この記事の内容についてお話しした音声を,岡山大学の小塚真啓先生主催のTax Law Foundationのアカデミック・コモンズにおいて公開していだきました。かなりとりとめのない話をしてしまったのですが,パーソナリティおよび編集をしてくださった堀治彦さんのお力で,とても上手くまとめていただきました。ぜひこちらの記事を見ながらお聞きいただけると,大変嬉しく思います。

anchor.fm

(2020/5/20追記)
 アルコール消毒液とあわせ,高濃度の酒類の転売についても罰則を設けて規制する方向のようです。このような制度ができる以上,この記事で書いたように,酒類販売免許制度を転売規制に用いることはあまり望ましくない(そちらに任せるべき)ように思われます。
www3.nhk.or.jp

*1:なお,私の師匠である三木義一は,酒税制度と憲法の関わりを昔から研究している。『うまい酒と酒税法』という本を書いているほか,博士論文である『現代税法と人権』においても,酒税制度についていくらかの章を設けて検討している。また,最近の書籍として,『税のタブー』(インターナショナル新書,2019年)でも,酒類の販売免許の問題を取り上げて論じている。この記事を読んで興味を持ったり,私の記事がわかりにくいと感じたら,ぜひこれらの文献を読んでみてほしい。

*2:同様の解釈を示している通達として,酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達9条1参照。なお,同条では「営利を目的とするかどうか又は特定若しくは不特定の者に販売するかどうかは問わない」とされていることには注意が必要であろう。

*3:最判平成4年12月15日民集46巻9号2829頁。このほか,最判平成10年3月24日刑集52巻2号150頁がある。

*4:令和元年度当初予算では,租税歳入のうち酒税の占める割合は2.1%である。国税庁レポート20199頁参照。

*5:なお,同判決の背景については,三木義一「税務訴訟とその背景」青山法学論集61巻4号(2020年)467頁において論じられている。

*6:仮に転売が失敗した場合には,消費者は酒税額を負担できないことになるが,転売者がむしろ酒税額を負担するのであるから,これは何ら問題ではなかろう。

*7:もっとも,「高額な転売」とは何だ,という問題は生じるだろう。