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税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

塩川酒造事件控訴審判決について(「私的整理手続における債務免除と第二次納税義務」補論)

はじめに

 今年の秋に,下記のとおり判例研究を執筆しました(リポジトリのURLを追加しました:2022年2月22日)。

hdl.handle.net

taxfujima.hatenablog.com

 この判例研究で扱った裁判例について,控訴審判決(以下「本判決」)が出ていました*1。納税者が逆転勝訴,という結論になっています。
 本判決についての判例研究を書こうかとも思ったのですが,上述の判例研究に私が付け加えるべき点も思いつかないので,ブログ記事として若干のコメントを残しておきたいと思います。事案の概要や第一審判決については,上述の神奈川法学の判例研究を参照してください。また,上述の判例研究で用いた略称をそのまま用います。原告(会社)が「X」,被告である国が「Y」,Xが処分を下された第二次納税義務の本来の納税義務者が「Aら」です。

裁判所の判示

 この事件では,第二次納税義務の賦課要件を本件債務免除益が充足するか(争点(1)),仮に要件を充足するとした場合,その結果として生じる第二次納税義務の金額はいくらか(争点(2))の2点が争われています。第一審判決では,いずれの争点についてもXの請求が認められず,Yが全面勝訴しています。
 本判決では,争点(1)については,第一審判決を引用したままの結論が出されています。したがって,その結果として生じる第二次納税義務の金額が,争点(2)として次に問題になります。
 争点(2)について,裁判所は「債務者の支払能力,弁済期等を考慮し,その債権を換価する場合と同様に,その債務が免除された時におけるその債権の価額を算定し,その額が受けた利益の額に当たる」という通達の定めを基準として参照しています*2
 そのうえで,まずは,Xが享受した利益のうち現に存する程度は債務の額面上の額とは言えないと論じています。債務超過状態にあったことや租税の滞納に伴い差押えを受けていたことなど平成26年4月にXは「債務超過に陥って自力による事業継続が困難な状態にあり,金融機関による債権放棄等の支援が不可欠の状況にあった」ことのほか,資金繰りにも窮していたことなど,「本件各債務免除の時において,本件各求償債権の全部又は一部の回収が不可能又は著しく困難であると認められるような状況にあったことは明らか」だ,と述べています。このような状況にあったことは,私的整理の実務において経営者(Aら)が再生企業(X)に対する求償権を放棄することが求められていることや,実際にAら以外の債権者(銀行など)が債務免除をしたことからも裏付けられる,としています。この点,Yは,売上高,流動資産およびXの事業価値を勘案して,Xが返済が困難な状況にあったとは言えないと主張していますが,いずれの事情についても,求償権の行使が不可能または著しく困難だったことを覆すようなものではない,と論じています。
 次に,Xが享受した利益のうち現に存する程度は0である,と論じています。基準として,上述のとおり額面額から一定程度減額することを前提として,「Xが破産した場合に予想される回収額(清算価値)」をもって求償権の金額を算定すべきことを述べています。判決文を読む限り,清算価値をもって求償権の金額を算定すべきことについてXとYの主張はおそらく一致していたのだろうと思いますが,清算価値の算定額がXとYで異なっています。Yは,貸借対照表に計上されている数字をそのまま用いて清算価値を算定すべきことを主張していましたが,裁判所は,売上債権および棚卸資産につき,個別の事情に鑑みて,貸借対照表の金額から一定の減算を行ったうえで清算価値を算定しています。そして,最終的に「Xが破産した場合に予想される本件各求償債権の回収額(清算価値)が,0円を超えるとは認められない」としています。
 以上のような検討の結果として,第二次納税義務の金額は0円である,として,Xが勝訴しています。

判示の評価

 本判決は,国税徴収法39条の適用による第二次納税義務の金額を画する「利益が現に存する限度」につき,債務免除当時のXの状態を詳細に検討したうえで,納税者を全面的に勝訴させたものです。具体的には,AらがXに対して免除した求償権の実質的な価値を,免除当時のXの財務状態を勘案して0以下であると算定しています。
 この点(争点(2))に関する第一審判決の判示は,明確とは言いがたいものでした。「本件各債務免除により,Xは[Aらに対する求償権債務]をそれぞれ免れており……その状態は本件各告知処分の当時も変わりがないことからすれば,本件各債務免除により原告の受けた利益は上記の本件各債務免除に係る額であり,本件各告知処分の当時もその利益は現に存する」として,債務免除を受けたならば額面額が必ず「利益が現に存する程度」となるかのような判示をしつつ,「滞納者による『債務の免除』(徴収法39条)により債務者が利益を受けた場合において,その利益の額は,当該債務者が支払能力を欠き,その債権の全部又は一部の回収が不能であるなどの事情がない限り,債務免除の対象となった債務の額であると解すべき」として,一定の場合には減額がされると読める判示もしています。また,検討の内容としても,Xが興銀事件上告審判決*3を参照して主張した基準を退け,かつ免除時に債務超過だったことだけでは不足であるとしつつ,ではどういった場合に「債務者が支払能力を欠き,その債権の全部又は一部の回収が不能であるなどの事情」が認められるのか,という点について,基準を明示していません。
 本判決では,求償権の行使可能性や求償権の実質的な金額をもって「利益が現に存する程度」を判断すべきだ,と基準を明示しています。また,実質的な価値の算定についても,清算価値をもって判断すべきだ,と述べています。したがって,明確な基準を示したという意味で,第一審判決よりも望ましいものだと評価できると思います。
 また,Xが勝訴した,という結論についても,望ましいものであったように思われます。本件債務免除は,XもAらも苦境にある中で,何とか酒造事業を再生しようとしてなされたものでした*4。また,再生計画の立案にあたり,公益財団法人であるにいがた産業創造機構が関与しています。実態としても,公正さという意味でも,本件について額面額そのままの第二次納税義務を課すことは望ましくなかったように思われます。

残された課題

 以上のように,本判決は,第一審判決よりも望ましいものであるように思われます。争点(2)について実質的な検討をすべき旨は,拙稿でも主張していたところでした*5。もっとも,本判決を前提とした更なる課題もあるかと思われます。

本判決の射程

 まず,本判決の射程は不明確です。射程を広く捉えるならば,「債務免除により課される第二次納税義務については,債務の清算価値をもって利益が現に存する程度を判断すべきだ」ということになるでしょう。しかし,そのような一般論は述べておらず,あくまで本件に即した判断として,Xが破産した場合に回収できる金額を算定しているにすぎません。
 もう少し限定して,「①債務の全部または一部の回収が困難ではない場合には額面額をもって,②回収が困難である場合には清算価値をもって,利益が現に存する程度を判断すべきだ」という判示だ,と判決文を読むこともできるかと思います。争点(2)の判断過程を見ると,このように読むのが合理的だと思われるので,私としてはこのような読み方をしたいと考えていますが,ただ,このような一般論についても何も述べていない点には注意する必要があります。
 最も限定的に,「本件は特殊ケースであって,本件以外の場合では額面額をもって利益が現に存する程度を判断すべきだ」という読み方もありうるかもしれません。一般論を何も述べていないことからすると不可能な読み方ではないと思いますが,ただ,「基本的には利益が現に存する程度は額面額だ」とも述べていない点は指摘できるように思われます。

国税徴収法39条の規定ぶり

 次に,本件の背後にある,国税徴収法39条の規定ぶりの不足についても述べておきます。
 本判決は,争点(1)について第一審判決を引用していますが,この点に関する第一審判決の判示は「異常な利益の供与」と「必要かつ合理的な理由」という基準を用いたものです。これらの基準はこれまでの裁判例でも用いられてきたものですが,法解釈としてどのように導き出される基準なのか,根拠は不明確です*6
 また,本判決は,争点(2)に関する基準として通達の定めを用いています。しかし,租税法律主義(憲法30条,84条)の下,通達は課税の根拠とはならず,裁判所や納税者を拘束するものではないのですから,通達を基準として用いることは望ましくない,と論じることもできるでしょう。
 以上のように,本判決は,法解釈としてどこまで正当化できるのか,いささか難しいところがあります。ただ,この点については,本判決が望ましくないというよりも,国税徴収法39条の定めが曖昧過ぎる点に原因があるように思われます。無償譲渡も債務免除もその他利益処分も同じ条文で処理しようとする以上,ある程度曖昧な規定になってしまうのは仕方がないのかもしれませんが*7,「債務の免除」と「利益が現に存する程度」だけをもって,滞納者から債務免除を受けた場合全ての第二次納税義務を規律することには少し無理があるのではないかと思われます。本判決を契機として,本件のような合理的かつ公正な債務免除について第二次納税義務が課されないことを明確にするような規定の立法が望まれるように思われます。

おわりに

 以上,既に第一審判決について判例研究を執筆した事件の控訴審判決について,若干のコメントを書きました。第一審判決よりも望ましいように思われるけれど,判決を受けて色々な課題も見えてくるのではないか,ということを論じました。

*1:東京高判令和3年12月9日(判例集等未登載,LEX/DB文献番号25591274)。

*2:国税徴収法基本通達第39条関係14。

*3:最判平成16年12月24日民集58巻9号2637頁

*4:この点,酒造事業を継続するためには第二会社方式による事業再生が困難であったことにつき,拙稿「判批」神奈川法学54巻1号(2021年)64~67頁参照。

*5:拙稿・前掲注(4)60~64,67頁参照。

*6:髙橋祐介「判批」民商法雑誌142巻6号(2010年)65~66頁参照。拙稿・前掲注(4)56~60頁も参照。

*7:この点,相続税法上のみなし贈与については,低額譲渡(低額譲受),債務免除およびその他利益処分でそれぞれ条文が分けられています(相続税法7ないし9条)。