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税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

「債務免除益に係る確定申告をしていない」ことは,「債務が消滅していなかった」ことの証左となるか?

はじめに

 昨日の研究会(第900回租税判例研究会)で扱われた裁判例のうち研究会では取り上げられなかった論点について,個人的な関心との関連で面白かったのでメモを残しておきたい。
 なお,判例研究ではないので,事実関係や判決文については細かくは書かない。また,研究会の本筋の議論については,浅妻章如先生の下記の呟きを参照。

素材にしたい部分

 昨日の研究会では,令和2年9月25日の東京地裁の判決が扱われた*1。この事件では,「〔1〕原告A及び原告Cが通則法77条1項本文所定の不服申立期間内に不服申立てをしなかったことについて同項ただし書の『正当な理由』があるか,〔2〕Gが原告Aに対して本件求償債権につき債務を免除する黙示の意思表示をしたか」という2点が争点となっている。
 上述の浅妻先生の呟きのとおり,昨日の研究会では[1]の争点が検討対象となったが,この記事では[2]に関する判示について考えてみたい。別件訴訟の和解においてGが養子であるAの預り金返還義務を保証したことにより,GはAに対して求償債権を有していた。その後Gが死去したが,Aら相続人は,相続税の申告において当該求償債権を相続財産として計上していなかった。本件の争点[2]では,相続以前に当該求償債権が免除により消滅していたか,という点が議論されている。

国の主張

 上記の争点について,納税者(原告)の主張に対する反論の前に,国(被告)の主たる主張は下記のように書かれている。

(ア)G及び原告Aは,本件和解に当たり,本件求償債権につき債務を免除する意思表示をした場合には債務免除益が発生することを認識していたこと,本件和解条項には,Gが同意思表示をしたことを明らかにした条項は存在しないこと,原告Aは,本件和解が成立した日に同意思表示がされていれば,その債務免除益に係る贈与税の申告をしていたはずであるが,これがされていないことからすれば,Gが,原告Aについて債務免除益に係る贈与税の負担を生じさせないために,同日に本件求償債権につき債務を免除する意思表示をすることを回避したことは明らかである。
(イ)Gは,平成20年9月12日に本件遺言に係る公正証書を,平成22年11月24日に贈与契約公正証書をそれぞれ作成しているにもかかわらず,本件求償債権につき債務を免除する意思表示をしたことを内容とする書面を一切作成していない。また,原告Aも,本件求償債権につき債務を免除する意思表示がされていれば生じていたはずの債務免除益について,贈与税の申告をしていない。
 したがって,本件和解が成立した日以降も,Gが本件求償債権につき債務を免除する黙示の意思表示をしたとは認められない。
(ウ)以上によれば,Gが,原告Aに対し,本件和解が成立した日から本件相続が開始した日までの間,本件求償債権につき債務を免除する黙示の意思表示をしたとは認められない。

 以上の主張は,Aらが求償債権に係る債務免除益(相続税法8条)について贈与税の申告をしていないことを重視して,当該求償債権が免除により消滅していたとは認められないと論じているものと評価できよう*2

裁判所の判示

 裁判所の争点[2]に関する判断は,事実関係について順を追って検討しているものである。和解条項やGの発言を追ったうえで,結論として以下のように述べる。

 Gが,本件和解の成立により本件求償債権を取得した時から本件相続が開始する時までの間,本件求償債権につき債務を免除する黙示の意思表示をしたと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
 したがって,Gが本件求償債権につき債務を免除する黙示の意思表示をした旨の原告Bの主張は採用することができない。

 以上の判示をもとに,本件では,争点[2]に関する原告Bの請求を棄却する(被告が勝訴する)結論が出されている(争点[1]については却下)。ただし,国が述べていた贈与税の申告の有無について,裁判所は何ら触れていない。

若干の感想

 上述のとおり,本件では被告(国)を勝たせる結論が出されているが,理由付けにおいては,被告が述べている贈与税の申告について触れていない。このことをどのように捉え,判決をどう読んだら良いのだろうか。

国の主張を否定した,という読み方

 1つの読み方は,国の主張を暗黙のうちに退けているのではないか,というものである。つまり,「債務免除益について確定申告をしていない」ことは,「債務が消滅していない」ことの証左にはならないと裁判所は考えているのではないか,という読み方である。
 しかし,このような読み方については,法人税法上の所得計算において債務の消滅が債務免除益の年度帰属の判断基準とされてきたことと整合しないのではないか,という反論が想起される*3。つまり,「債務が消滅する」ことが「債務免除益が生じる」ことの必要条件だとされてきたのだから,「債務免除益が生じていない」のは「債務が消滅していない」という要件を満たさないことが理由だ,という主張もありうるのではないか,ということである*4
 もっとも,この事案で問われているのは個人間で供与された債務免除益に関するみなし贈与課税(相続税法8条)に関する申告の有無であって,法人税における債務免除益とは事案が異なるのだ,という再反論もありえよう*5

国の主張について論じる必要がなかった,という読み方

 もう1つの読み方は,国の主張について判断する必要がなかったのだ,というものである。実際,争点[2]に関する裁判所の判示は,事実関係を評価するだけで原告の主張を退けており,贈与税の申告の有無を勘案せずとも結論を導き出せてはいる。上述のような厄介な議論をする必要がなかっただけだろう,ということである。個人的には,債務の消滅をもって債務免除益の年度帰属を判断すべきだと考えているので*6,このような読み方に魅力を感じる。
 しかし,仮にこのように読むのだとしても,国が主たる論拠にしていた贈与税の申告の有無について一言も触れていないことは不自然だ,という批判はありうるだろう。

おわりに

 以上,昨日の研究で扱われた裁判例において国の理由づけに裁判所が応えなかったことをどう読んだら良いのか,ということを考えた。判決を素材として書かれていないことを考えることに何か意味があるのか,いまいち自信はないのだが,自分の関心との関連で考えたこととして残しておきたい。

*1:東京地判令和2年9月25日(判例集等未登載,LEX/DB文献番号25585921)。

*2:なお,連帯保証人に対する債務免除益課税について争われた事案として,松江地判平成25年9月30日税資263号順号12300参照。

*3:たとえば,東京地判平成19年9月27日税資257号順号10791参照。

*4:もちろん,債務の消滅はあくまで必要条件であって十分条件ではないから,債務免除益の申告をしていないのは他の要件を満たさなかったからだ,という反論もありうる。ただ,本件の求償債権は,仮に免除がされたならば債務免除益課税が行われるようなものではあったように思われる。消滅時に債務免除益課税が行われる債務の範囲については,たとえば,拙著『債務免除益の課税理論』(勁草書房,2020年)54〜57,60〜65頁[初出:2016〜2017年]参照。

*5:なお,贈与税の課税時期につき,たとえば,望月爾「判批」中里実ほか編『租税判例百選[第7版]』(有斐閣,2021年)159頁参照。

*6:拙著・前掲注(4)139~188頁[初出:2017年]参照。