What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

コロナウイルスの問題から税法を考える③ 所得分類を持続化給付金の支給要件に組み込むべきか

はじめに

 コロナウイルスの問題から税法を考える企画の3回目である。当初想定していた2回目のテーマとして,所得分類の問題を書きたいと思う*1

素材にしたいこと:持続化給付金の受給要件

 いわゆる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によって収入が減少した事業者を対象として,持続化給付金という制度が始まっている。
www.meti.go.jp
 この制度だが,所得税法上の所得分類として事業所得を得ている者のみに給付がされていることが問題視されている*2

 税法学の研究者も,この問題について意見を述べている*3

 それでは,そもそも,事業所得だの雑所得だのとは何なのだろう。これらの概念は,所得を分類する枠組として,「所得分類」や「所得区分」と総称される。今回は,このテーマについて書いていきたいと思う。

所得分類が設けられている趣旨

 所得分類とは,所得税法(昭和40年法律第33号,以下「法」という)23条から35条までに規定される,10種類の所得の分類の枠組である。今回問題となっている事業所得は法27条に,雑所得は法35条に,その意義や計算方法が規定されている。所得分類に応じて,源泉徴収(いわゆる天引)の対象になるかなどの課税方法も異なってくることがある(例えば,給与所得(法28条1項)に該当すれば,源泉徴収義務が課される(法183条))。
 なぜこのような分類があるのだろうか。所得税とは,所得,つまり儲けに対する課税である。どんな形で儲けたとしても,同じように儲けを計算して,同じように課税した方が公平ではないだろうか。儲けを分類する趣旨はどこにあるのだろうか。

従来の考え方:担税力に基づく課税

 所得分類制度が設けられている理由についての通説的な説明は,以下のようなものである。
「所得はその性質や発生の態様によって担税力が異なるという前提に立って,公平負担の観点から,各種の所得について,それぞれの担税力の相違に応じた計算方法を定め,また,それぞれの態様に応じた課税方法を定めるためである。」*4
 そして,具体的には,資産性所得(利子所得,配当所得,不動産所得,山林所得,譲渡所得等),資産勤労結合所得(事業所得),勤労性所得(給与所得,退職所得)の順に担税力が高い(つまり税額を多く課すべきである)と説明される*5
 以上のように,所得分類制度は,所得を得た態様に応じた担税力の差異への配慮という趣旨に基づく制度である。そのため,所得を得た形式のみならず,実際の稼得形態を重視して決定すべきものとされている。このような考え方を前提とした最近の有名な事件として,いわゆる馬券大阪事件上告審判決(最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁)がある*6
 単純に言えば,「フリーランスが得ている所得だから事業所得」などとなるのではなく,人によって,あるいは同じ人でも個々の取引ごとによって,所得分類は異なりうる,ということである。

従来の考え方は本当に妥当なのか?

 もっとも,上記のような考え方にも異論がありうる。
 例えば,上記の趣旨からいえば,(事業所得を稼得している)フリーランスの方が,サラリーマン(給与所得者)よりも税金を負担する能力が高い,ということになる。しかし,近時のいわゆるシェアリングエコノミーの隆盛によって,小規模かつ不安定な事業者(ギグワーカー)が増えてきており,このような枠組には疑問の余地がある *7
 単純に言えば,フリーランスの音楽家やUber Eatsの配達パートナーの方が,サラリーマンよりも税を負担する能力が高いと本当に言えるのか,ということである。以前の投稿に書いたとおり,フリーランスは,働けなくなれば,それで収入が一気に激減する場合が多い。今回のコロナウイルスの感染拡大は,このような性質を露わにしたように思われる*8。安定した収入を得られるという意味では,むしろサラリーマンの方が担税力が高いではないか,という意見もありうるだろう。
 上記のように,違う所得分類の間での担税力の大小について疑問が呈される一方,同じ所得分類の間で担税力は概ね同様と見て良いのか,という点についても,疑問の余地がある。例えば,大学の常勤の教員と非常勤の教員は,講義を行った講師料について,同じく給与所得として課税される*9。しかし,非常勤の教員は,授業のために必要な資料などを自分で用意しなければならない場合も多く,赤字になることも少なくない(下記の呟きを参照)。特に,オンライン授業への対応が問題となっている現在では,この問題は深刻だろう。

今回の素材から見えてくるもの

 以上のように,所得分類が設けられている趣旨は担税力への配慮であり,実態をもってその該当性を判断すべきだと通説的には考えられている。しかし,この考え方には異論も有力になりつつある。特に,昨今の情勢は,異論をより強いものにしつつあるように思われる。これらの事情から,上記の素材はどのように論じられるだろうか。

従来の考え方に基づく考察:事業所得と雑所得の分類の曖昧さ

 まず,所得分類制度自体が揺らぐ以前に,事業所得と雑所得の区別の基準は上述のとおり実態を見て判断されるものであって,何か形式的にカッチリと決まるものではない。
 例えば,商品先物取引によって得た所得が雑所得に該当するとした裁判例においては,様々な要素を挙げているが*10,結局,事業所得と雑所得の区別は「総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべき」と述べるに留まっている(名古屋地判昭和60年4月26日行裁36巻4号589頁)。
 実際のところ,今回の持続化給付金の申請にあたっても,雑所得としての申告を事業所得へと修正申告すべき旨の指導がされているという呟きが見られる。

 この点,誤解がしばしば見られるのは,「開業届を出しているかで決まるんじゃないか」というものである。開業届は,事業所得を稼得したことの結果として提出が求められるものにすぎず(法229条),開業届の提出が原因となって事業所得へと該当するようになるわけではない。また,開業届の不提出に対する罰則も存在しない(法238条以下参照)。あくまで,事業所得と雑所得の区別は,実態に即して判断される。
 以上のように,事業所得と雑所得の区別は,実態をもって,個別の納税者や個別の所得ごとに判断されるべきものである。したがって,昨年と比べて減ったかどうかなどを判断するための安定した指標として用いることには限界があるように思われる。実際には,今回の制度では,この区別を,確定申告書と受給者(納税者)の宣誓によって形式的に判断し,安定的な指標として用いようとしているが*11,このような判断方法は(何度も述べているように実態をもって該当性を判断すべき)所得分類制度にそぐわないように思われる。

従来の考え方の揺らぎと今回の素材

 また,上述のとおり,所得分類制度の趣旨は,かなり揺らいでいる状況にあるように思われる。もちろん,制度として破綻しているとまで言える状況ではない。しかし,所得が本質的に10種類に分類できて,それぞれごとに担税力が明確に違うのだ,と述べることは,かなり難しい状況であり,特に今回のコロナウィルスの感染拡大が社会に与えている影響は,このことをより明確にしているように思われる。
 このように所得分類制度自体が揺らいでいる状況の中で,果たして事業所得と雑所得の区別という基準をもって給付金の支給対象を画するべきか,という点には,大いに疑問がありえよう。税制の中の話としても揺らいでいる枠組なのに,他の制度に流用しようとするのは,無理があるように思われる。

おわりに

 以上,持続化給付金制度をめぐる議論を前提に,所得分類制度について論じてきた。所得分類制度は,所得の稼得形態ごとに異なる担税力に応じて課税方法を定めるためのものだと説明されてきたこと,しかし,近時,この枠組が揺らぎつつあることを整理した。そのうえで,持続化給付金の支給対象を所得税法上の所得分類で画することについては,従来的な理解に基づいても非常に煩雑な仕組みだし,そもそも従来的な理解が揺らいでいるので妥当ではないのではないか,と論じた。
 なんだか,自説を垂れ流すような形の記事になってしまい,でも疑問を呈するだけで自説を最後まで論じることはできていなくて,反省している。私の自説はどうでも良いので(こんな中途半端な形ではなくて,しっかりと論文として論じるべきだろう),所得分類制度をどう理解するにせよ,今回の給付の有無を所得税法上の所得分類で画するのはおかしいのではないか,という論旨だけでも何となく受け取っていただけると大変嬉しく思う。

(2020年5月14日追記)

 一昨日,持続化給付金の支給対象を事業所得者から緩和する方針であると経産相が会見していた。
www.meti.go.jp
 望ましい方向性であろうと思う。

*1:なお,当初の想定から少し論旨はずれている。後述する従来の通説の揺らぎを書こうとしていたが,素材を変更した。もしかしたら,こちらの話をしない方が今回の素材についての論旨は明確かもしれないが,一応の拘りとして書いておく。

*2:なお,給付規定については,こちらを参照(pdfにつき注意)。4条において,所得税法が参照されている。

*3:なお,酒井教授は,所得分類制度の改革論を盛んに論じている(酒井克彦「所得税法上の所得区分の在り方」税法学579号(2018年)207頁のほか,雑誌税理における「所得税法上の所得区分等の在り方」の連載を参照)。この意見も,これらの研究を前提として論じているものと思われる。

*4:金子宏『租税法[第23版]』(弘文堂,2019年)218頁。なお,以下ではこの通説について疑問を呈するが,このような考え方は金子教授特有のものではなく,税法学において一般に共有されている考え方だと認識している。したがって,金子説がおかしいという論旨ではないことに注意されたい。

*5:金子・前掲注(4)218~219頁参照。なお,この考え方も,金子教授特有のものではなく,税法学全体である程度共通する見解だと認識している。

*6:楡井誠「判解」最高裁判所判例解説刑事篇平成27年度(2017年)106~107頁参照。

*7:ギグワーカーに対する課税について,オンラインで読める文献として,森信茂樹「シェアリングエコノミー,ギグエコノミーと税・社会保障」『働き方改革と税・社会保障のあり方』(東京財団政策研究所ウェブサイト,2019年)(pdfにつき注意)15頁参照。また,事業所得と給与所得の区別に関する近時の文献として,渕圭吾「働き方の変化と租税法」民商法雑誌156巻1号(2020年)32頁参照。なお,ギグワーカーの課税関係について論じた米国の文献として,See Kathleen Delaney Thomas, Taxing the Gig Economy, 166 U. PA. L. REV. 1415 (2018); Kathleen Delaney Thomas, The Modern Case for Withholding, 53 U.C.D. L. REV. 81 (2019).

*8:2点付言する。まず,私は,「フリーランスは収入が不安定である」という事実を述べたのみであり,「元々収入が不安定なのだから,国家はフリーランスの収入の減少を放置しても良い」と述べているわけではない。また,ここでの議論には,フリーランスのに何かレッテルを貼る意図はない。あくまで,収入が不安定なことが多いよね,という事実を述べているだけのつもりである。仮に,ここでの議論によって何か侮辱されたと感じた方がいれば,ぜひ指摘してもらいたい。すぐに訂正し,お詫びする。

*9:大学教員の講師料は給与所得に該当するとした裁判例として,京都地判昭和56年3月6日行裁32巻3号342頁参照。なお,この事件の原告は,大嶋訴訟(最判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)で有名な大嶋(大島)正氏である。

*10:一応,列挙されている要素を注には書いておく。「当該経済的行為の営利性,有償性の有無,継続性,反覆性の有無のほか,自己の危険と計算による企画遂行性の有無,当該経済的行為に費した精神的,肉体的労力の程度,人的,物的設備の有無,当該経済的行為をなす資金の調達方法,その者の職業,経歴及び社会的地位,生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か」が要素とされている。あくまで,個々の所得稼得行為ごとに,実態を見て判断をする,ということである。

*11:前掲注(2)4,7条参照。