What Do We Pay for Civilized Society?

税法を勉強している藤間大順のBlogです。業績として発表したものについて書いたり,気になったニュースについて書いたり。概ね1回/月の更新を目標としています。

事業所得と雑所得の区別に関する通達の改正について

はじめに

 事業所得と雑所得の区別に関して国税庁が取扱いを変えようとしている件について,下記の日経新聞の報道など関心が集まっています。

www.nikkei.com

 事業所得と(年金以外の)雑所得は,計算方法に大きな違いがあるわけではありませんが(所得税法(昭和40年法律第33号,以下「法」といいます)27条2項,35条2項2号),青色申告の可否など(法143条),適用を受けられる制度に違いがあります*1。特に問題となるのは,事業所得の計算上生じた損失は損益通算ができる一方,雑所得の計算上生じた損失は損益通算ができない,という点です(法69条1項)。たとえば,ある納税者が給与所得(法28条1項)を得ている場合に,給与所得を得ている活動(≒労働)とは別の業務活動で赤字が生じた場合,当該業務活動から得る収入が事業所得になる場合には給与の黒字と合算して税負担を軽減することができる一方,雑所得になる場合には税負担を軽減することができない,ということになります。
 今回の通達改正は,このような違いがある事業所得と雑所得の区別について,これまでと実務上の取扱いを変えようとするものでした。今回の改正に関するパブリックコメントの募集段階において,私は意見を提出したので,その意見をご紹介することをふくめてブログ記事として残しておきたいと思います。
 なお,事業所得と雑所得の区別については,持続化給付金の支給の問題で,以前このブログに下記の記事を書いたことがあります。今回の議論と直接関わるものではありませんが,「所得分類の判断は形式的にではなく実態に即してされるべきだ」という考え方は共通するところがあります。

taxfujima.hatenablog.com

 それと,議論の前提として,租税法律主義(憲法30条,84条)が要請する課税要件法定主義の下,法令解釈通達は法源とはならないことから,通達の解釈は立法の領域まで踏み込むべきではない,という観念があります。こちらは,税法の議論の大前提ですので述べていませんが*2,予め書いておきます。

事実経過

 事実経過については,各種報道がされているところですが,念のため書いておきます。
 まず,2022年8月1日に,事業所得と雑所得の区別に関する通達の改正に関するパブリックコメントの募集が始まりました。この募集以前の動きについては,私は認識していません。通達の改正案は,具体的には,「事業所得と業務に係る雑所得の判定は,その所得を得るための活動が,社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定するのであるが,その所得がその者の主たる所得でなく,かつ,その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には,特に反証のない限り,業務に係る雑所得と取り扱って差し支えない。」とする注を,雑所得の例を挙げている所得税基本通達35-2に加える,というものでした。

public-comment.e-gov.go.jp

 このパブリックコメントについては,かなり盛んに議論が展開されました。たとえば,下記の日経の報道などがありました。

www.nikkei.com

 結果としては,7,000件もの意見が集まったことにより,通達は下記のとおり当初とは別の形で10月7日に改正されることになりました。

public-comment.e-gov.go.jp

 具体的には,新しく付記される注は,「事業所得と認められるかどうかは,その所得を得るための活動が,社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。なお,その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え,かつ,事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には,業務に係る雑所得(資産(山林を除く。)の譲渡から生ずる所得については,譲渡所得又はその他雑所得)に該当することに留意する。」というものになりました*3。改正後の取扱いについては,下記の国税庁のウェブサイトが(パブコメとの違いをふくめ)解説を公表しています。

www.nta.go.jp

私が出した意見

 上述のパブリックコメントの段階において,私は以下のような意見を提出しました。つまり,新しい方の通達改正内容ではなく,パブリックコメントの段階での当初の改正案に対する意見であることに注意してください。

 ある業務に係る「所得がその者の主たる所得でなく,かつ,その所得に係る収入金額が300万円を超えない場合には」原則として事業所得に該当せず,雑所得に該当するとは論じられないように思われる。以下に理由を述べる。

(1)従来の裁判例との不整合
 事業所得と雑所得の分類については「(a)経済的行為の営利性、有償性の有無,継続性,反覆性の有無のほか,(b)自己の危険と計算による企画遂行性の有無,(c)当該経済的行為に費した精神的,肉体的労力の程度,人的,物的設備の有無,(d)当該経済的行為をなす資金の調達方法,(e)その者の職業,経歴及び社会的地位,生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に検討して社会通念に照らしてこれを判断すべき」である,と裁判例において解されている(名古屋地判昭和60年4月26日税資145号230頁。番号は筆者による)。この判示は,事業所得の意義に関するリーディングケースである弁護士顧問料事件上告審判決とも整合的である(最判昭和56年4月24日民集35巻3号672頁)。
 結論としては総合考慮であるから,その者の主たる所得であるか否か(いわば「本業」かどうか)と収入金額のみをもって判断を行おうとする上述の取扱いは,従来の裁判例とは整合しない,あまりにも少ない判断要素をもって分類を行おうとするものであろう。
 この点,(e)の要素を重視し,「所得発生の安定性」が分類にあたっての重要な要素である,と解する学説もある(佐藤英明『スタンダード所得税法[第2版補正2版]』(弘文堂,2020年)208頁参照)。しかし,同時に,「結果として儲かったかどうかということは,事業所得かどうかの判断基準ではありません。事業にあたるか否かは,あくまでも,その経済活動の『やり方(態様)』によって判断されるべきものです。」(佐藤・前掲209頁)とも論じられている。所得分類の判断にあたり行為の態様を重視する見方は,判例理論とも整合的である(馬券大阪事件上告審判決の判例解説である楡井英夫「判解」法曹会編『最高裁判所判例解説刑事篇 平成27年度』(法曹会,2017年)107,110~112頁参照)。
 継続的に所得が得られているかどうかという行為の態様や利益発生の状況の議論と,実際に収入が得られているかどうかということは別の話である。上述の取扱いのうち,収入金額に関する基準はこれらの議論を混同するものであろう。

(2)結論の不合理さと納税者の操作可能性
 (1)とも重なる点であるが,この取扱いは不合理な結果を招く可能性があろう。
 まず,全く同じ業務を副業としてしているAとBがおり,X1年において,Aは収入が200万円,Bは収入が400万円であったとする。このとき,上述の取扱いによれば,原則としてAが得た200万円は雑所得,Bが得た400万円は事業所得に該当することとなろう。結果として,AもBも当該業務による損失を被った場合には,Aは損益通算ができない一方,Bは損益通算ができることになる。暦年が終わった時点の収入金額でいきなり税負担が大きく変動することになってしまい,不公平ではないだろうか。
 また,上述のことは,たとえばAが全く同じ業務によりX2年は400万円の収入を得た場合には,X1年は損益通算ができず,X2年は損益通算ができることになる。もちろん同一人に関する話であるから公平性の問題にはなりがたいかもしれないが,これも不合理であろう。
 この点,所得ではなく収入金額により判断することとしているのであるから,納税者としては取扱いを予測できる,という反論もあるかもしれない。つまり,上述のAとBでいえば,Aは暦年が終わりに近づくにつれて徐々に「今年は収入が300万円に届かなさそうであるから,損益通算ができないので費用を抑えよう」とすることによって,不合理な結果を避けることができるではないか,ということである。経費額を考慮せずとも決まる収入金額については,ある程度予測や操作が容易であろう。
 しかしながら,この反論には納税者による税負担の操作の可能性という新たな問題が指摘できよう。所得についても操作可能性がしばしば指摘されるが,収入についてはより操作が容易である。たとえば,12月の時点で副業であるフリマアプリでの収入が250万円ほどであり多額の経費を支出している納税者Cがいたとする。このとき,Cが損益通算を行いたいと考えたときには,50万円で購入した物品を50万円で販売すれば良い。そうすれば,損失の額は変動しないが,収入金額は300万円ほどになることになり,結果としてフリマアプリによる収入は事業所得に該当することとなる。
 以上のように,収入という結果により所得分類を変動させる取扱いは,納税者が結果を予測できないとすれば不意打ちの不公平な課税に帰結するし,納税者が結果を予測できるとすると租税回避の余地を生んでしまう。したがって,このような取扱いについては公平なものとは論じがたいであろう。

 以上のように,今回の通達の改正は,(1)解釈論として無理があるし,(2)議論の筋としても公平な結果を招くものとは言いがたい。
 したがって,(1)解釈論としては,上述の裁判例で述べられた要素を具体化するような形で,様々な判断要素を盛り込んだうえで判断するものへと通達を変えるべきであろう。今回の通達改正案はあまりにも形式的な要素のみで判断を行うこととしており,現行の規定やその上に構築された解釈論と不整合にすぎるように思われる。仮に,現場の調査官が判断に苦慮する場面が多発しているのだとしても,それは従来の議論の筋に乗ったうえで判断要素をより具体化していく形で解決をすべき問題であって,従来の議論を大きく変動させるべき質の問題ではないであろう。
 また,副業で被った損失の損益通算により不公平な結果が生じているのだとすれば,それについて損益通算を制限する新たな立法をする(個別的租税回避否認規定を設ける)ことは妨げられないであろう。ただし,(2)で述べたとおり,現行の通達が述べているような形式的な基準では,不合理な結果を招いてしまう。もちろん,立法をするのであればもう少ししっかりとした判断基準を作るのであろうから杞憂だとは思うが,念のため指摘しておきたい。

意見の補足

 意見について,いくらか補足しておきます。
 まず,佐藤英明先生の『スタンダード所得税法』について古い版を引用していますが(最新版はこちらの第3版です),これは特に意味があるわけではありません。家で意見を書いたので,家にあったのが第2版補正2版だったというだけです。研究室には第3版がありますし,普段の論文などでは第3版を参照しています。
 また,「継続的に所得が得られているかどうかという行為の態様や利益発生の状況の議論と,実際に収入が得られているかどうかということは別の話」という文章はちょっとわかりにくいと思います。当然,利益発生の状況は実際にどれくらい収入や所得が得られているかということが判断要素にはなるものと解されますが,ある年がたまたま赤字であったり所得や収入が少なかったからといって,いきなり利益発生が継続的ではないという話にはならないだろう,ということです。たとえば,X1年からX10年まで安定的に収入や所得が得られていたのに,X11年に赤字になったからといっていきなり「利益を継続的に得られていない」という話にはならないのではないかと思われます。このあたりは,いわゆる一連の馬券訴訟に関して議論されているところです*4
 それと,(2)の部分は少し筆が滑っているところがあるだろうと思います。当初の通達改正案でも納税者からの「反証」があれば事業所得に該当する取扱いになる可能性はあったわけですから,その点についても触れるべきだったでしょう。むしろ,収入を基準にしてしまうと納税者による操作が容易になってしまう,租税回避の余地を大きくしてしまう,という議論をメインにすべきだったかもしれません。

新しい通達改正案についての意見

 新しい通達改正案についても,若干のコメントを書きたいと思います。
 まず,社会通念による判断が大原則だと最初に述べた点は,先行裁判例の解釈の枠内で考えるということを明示したという意味で望ましいと思います。当初の改正案では,「あるが」以前の文と以後の文の関係が不明確であったように思います。
 問題となるのは,なお書き以降,具体的には「所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え,かつ,事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には,業務に係る雑所得……に該当する」という部分です。まず,括弧書が何を言おうとしているのか良くわからないところがあります。たとえば,この括弧書を素直に読むと,帳簿書類を保存しておらずかつ収入金額が300万円以下である場合には,事業所得と認められる事実がある場合であっても,その活動から得られる収入は事業所得ではなく雑所得に該当することになります。しかし,事業所得と認められる事実がある活動から得られる収入が事業所得に該当しない,というのは,どういうことなのかわかりません。国税庁ウェブサイトの解説を読むと,「収入金額が300万円を超え,かつ,事業所得と認められる事実がある場合」とは「その所得に係る収入金額が300万円を超える場合およびその所得を得るための活動につき事業所得と認められる事実がある場合」のことなのかな,とも思うのですが,とはいえ,そこまで形式的な判断をするわけでもないようですし,この括弧書はむしろ実務の混乱を招くように感じます。
 また,帳簿書類の保存という要素をメインの判断要素としていますが,この点は,上述の国税庁の解説では「その所得に係る取引を帳簿書類に記録し,かつ,記録した帳簿書類を保存している場合には,その所得を得る活動について,一般的に,営利性,継続性,企画遂行性を有し,社会通念での判定において,事業所得に区分される場合が多い」と論じられています。帳簿書類の保存については,事業所得や収入金額300万円超の雑所得を得ている者に既に義務付けられているところです(法232条1項,2項。なお,保存しなかったことそれ自体についての罰則はありません)。このように,既にある規定と先行裁判例を総合して帳簿書類の保存という新たな形式基準を作ったのだと思います。しかしながら,上述の解説が「場合が多い」という控えめな言い方に留まっていることからもわかるように,帳簿書類の保存と事業所得該当性を判断する際にこれまで用いられてきた諸要素には緩やかな相関関係はあるかもしれませんが,明確な因果関係があるようには思われません。営利性や継続性や企画遂行性を有する活動を行っているがただ帳簿書類は保存していなかった,という納税者は存在しうるように思われるので,今後そういった納税者が現れた場合には,訴訟などにより今回の通達の解釈の合理性が判断されることになるのでしょう。

おわりに

 以上,今般の通達改正について,私がパブリックコメントに提出した意見を中心に書きました。
 今回の問題に対する私のスタンスは,これは立法で解決した方が良いのではないか,というものです。副業で損失を生み出すことによる租税回避は問題である,という見解に,私はあまり反対するつもりはありません。ただ,そうであるならば,そのような租税回避を否認する租税回避否認規定を設けて対処すべきであって,今回のように従来の解釈論とは離れた実務を行うことによって対処をすべきものではないと思います。
 上述のスタンスにも関わりますが,そもそも損益通算の可否を所得分類に紐づけて規律すべきか,という点にも,個人的には疑問があります。収入を得る態様に応じた質的担税力に配慮する趣旨の制度とされる所得分類制度と,今回のような議論はあまり整合しないように感じます。ただ,この点は,所得分類制度のそもそものあり方をふくめて考えるべき壮大なテーマでしょう。

 雑な文章を長々と書いてしまいましたが,こんなところで筆を置きたいと思います。

(2022/10/12追記)
 下記の呟きをこちらにも付記しておきます。

*1:なお,時々ある勘違いなのですが,「開業届」を出すと事業所得になり,出さないと雑所得になる,というのは誤りです。開業届は,事業所得を稼得したことの結果として提出が求められるものにすぎず(法229条),開業届の提出が原因となって事業所得へと該当するようになるわけではありません。また,開業届の不提出に対する罰則も存在しません(法238条以下参照)。

*2:たとえば,三木義一編著『よくわかる税法入門[第16版]』(有斐閣,2022年)17~18頁[奥谷健執筆部分]参照。

*3:なお,実際の注では「なお」の前に改行が入りますが,読みやすさを考えてこの記事では改行はしていません。

*4:たとえば,田中啓之「判例批評 当たり馬券の払戻金に係る課税上の取扱い(札幌事件)」民商法雑誌154巻5号(2018年)212~213頁参照。